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マラソン史上もっとも強いランナー【マラソン通史】

1 :瀬古竹通兄弟 :04/04/25 19:56
前スレに引き続きよろしくお願いします  
【前スレ】 http://sports3.2ch.net/test/read.cgi/sports/1075254672/150

2 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/25 19:59
2


3 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/25 20:43
83年の東京国際の瀬古、87年の福岡国際の中山はインパクトがあった 

4 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/25 21:56
アベベ、ショーター 

5 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/25 23:39
福岡国際マラソン
東京国際マラソン
びわ湖毎日マラソン
別府大分毎日マラソン
長野マラソン
北海道マラソン
ボストンマラソン
ロンドンマラソン
ロッテルダムマラソン
パリマラソン
ベルリンマラソン
シカゴマラソン
ニューヨークシティマラソン
北京国際マラソン  

6 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/26 10:25
今後のレス予定
1,日本歴代十傑の変遷
2,日本最高の変遷
3,五輪代表の変遷
4,世界歴代十傑の変遷
5,世界最高の変遷
6,五輪、世界陸上などの変遷
7,国内、海外、全国、ローカル大会の歴代優勝者の変遷
8,TV中継や大会運営などについての変遷    
  

7 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/26 12:22
今後結論を出すべきテーマ
@日本史上最高のランナーは?
@世界史上最高のランナーは?
@日本の五輪代表で最も弱いランナーは?
@史上最高のレースは?

8 :マラソンスレ住人の掟:04/04/26 12:36
@瀬古い、喜多ない、などの言葉を使わない
@糞スレをショータースレと呼ばない
@見ざる、言わざる、聞かざる、サラザールなどと言って喜ばない
@イタズラ電話がかかってきても「絶対出んシモ」などとつぶやかない
@行きたくない誘いを受けても「絶対行かんガー」などとつぶやかない
@ポルトガルの首都をリスモンと言わない
@アベベなつみ、アベラ麻美などと言って喜ばない
@ロヂャースをロジャースと書かない
@ローマの街を裸足で歩いて喜ばない
@ボストンマラソンに参加して、「優勝経験者より上位だった」と自慢しない
@自殺するときは親の料理に感謝する
@カステラをキャステラと呼ばない
@「国際マラソン」の上に「うん」を付けない
@後半バテるアスリートを「早田」「渡辺」と呼ばない
@雨の日にはドレイトン、雪の日にはイボンジュ、暑い日はボルディン・谷口を思い出して奮闘する
@競争相手が自分より高学歴の時は、中山になったつもりで奮闘する
@歩きながらものを飲むときは転倒に気をつける。
@自分の前を黒人が歩いていても、後ろをピッタリマークしない
@エチオピア・ケニア・タンザニアの首都を覚える
@キプロノ、キプソス、キプロフ、キプコエチの区別をつける
@笑点の楽太郎は瀬古だと主張しない
@ファン・ヤンチョは丸山茂樹だと主張しない
@清水康次は城みちるだと主張しない
@壁紙をワイナイナにしない

9 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/26 22:16
山田敬蔵

10 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/26 22:46
金栗四三
でも戦前の日本歴代十傑とか世界歴代十傑とかどうなっているのか?  

11 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/27 00:36
第1回 (1966年)国際マラソン(現 福岡国際)成績

1、ライアン(ニュージーランド) 2.14.04.6
2、広島日出国(旭化成) 2.14.05.2
3、岡部宏和(西鉄)2.15.09.2
4、蓬原正嗣(旭化成)2.15.36.2
5、寺沢徹(クラレ) 2.15.36.2
6、トート(ハンガリー)2.16.36.2
7、杉原勇(リッカー)2.16.53
8、青木豊(協和発酵)2.17.06
9、上岡忠明(東洋工業)2.17.13
10、宇佐美彰朗(桜門陸友会)2.17.16



2回(1967年) 国際マラソン(現 福岡国際)成績

1、クレイトン(オーストラリア)2.09.36.4(世界最高)
2、佐々木精一郎(九州電工)2.11.17.0(世界最高、日本最高)
3、マッケンジー(ニュージーランド)2.12.25.8
4、蓬原正嗣(旭化成) 2.14.40.0
5、アルダー(イギリス)2.14.44.8
6、采谷義秋(竹原高教員)2.14.49.6
7、広島日出国(旭化成)2.15.16.0
8、井藤一夫(旭化成)2.15.19.0
9、ライアン(ニュージーランド)2.15.41.0
10、松原一夫(カネボウ)2.15.42.0

12 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/27 00:46
3回 1968年 国際マラソン 成績

1、アドコックス(イギリス)2.10.47.8
2、采谷義秋(竹原高教員)2.12.40.6
3、上岡忠明(東洋工業)2.13.37.6
4、アケイ(トルコ)2.13.43.6
5、宇佐美彰朗(桜門陸友会)2.13.51.8
6、バーフート(アメリカ)2.14.28.8
7、山下和夫(カネボウ)2.14.44
8、蓬原正嗣(旭化成)2.16.23
9、谷村隼美(クラレ)2.16.42
10、寺沢徹(クラレ)2.17.23


4回(1969年) 国際マラソン 成績

1、ドレイトン(カナダ)2.11.12.8
2、ヒル(イギリス)2.11.54.4
3、谷村隼美(クラレ)2.12.03.2
4、ガリド(メキシコ)2.12.52.8
5、佐々木敏晴(電電中国)2.13.06.4
6、吉田昭雄(黒崎窯業)2.13.21.0
7、山下和夫(カネボウ)2.14.44.0

13 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/27 00:54
5回 (1970年)国際マラソン 成績

1、宇佐美彰朗(桜門陸友会)2.10.37.8 (日本最高)
2、ムーア(アメリカ)2.11.35.8
3、采谷義秋(竹原高教員)2.12.12.0
4、フォスター(ニュージーランド)2.12.17.8
5、ファーリントン(オーストラリア)2.12.58.4
6、アドコックス(イギリス)2.13.32.0
7、上岡忠明(東洋工業)2.13.46.0

6回 (1971年) 国際マラソン 成績

1、ショーター(アメリカ) 2.12.50.4
2、宇佐美彰朗(桜門陸友会)2.13.22.8
3、フォスター(ニュージーランド)2.13.42.8
4、ニッカリ(フィンランド)2.16.21.4
5、マナーズ(ニュージーランド)2.16.23.4
6、ファーリントン(オーストラリア)2.17.41.0
7、マムコ(フィンランド)


14 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/27 01:02
7回 (1972年)福岡国際マラソン 成績

1、ショーター(アメリカ)2.10.30.0
2、ファーリントン(オーストラリア)2.12.00.4
3、大槻憲一(東洋工業)2.14.00.6
4、ニッカリ(フィンランド)2.14.02.8
5、君原健二(新日鉄八幡)2.15.52.2
6、マクレガー(イギリス)2.16.42.4

8回 (1973年) 福岡国際マラソン成績

1、ショーター(アメリカ)2.11.45.0
2、アームストロング(カナダ)2.13.43.4
3、レッセ(東ドイツ)2.13.53.8
4、アンダーソン(アメリカ)2.15.52.8
5、大槻憲一(東洋工業)2.16.17.8
6、酒見勝喜(カネボウ)2.18.16.0
7、宗猛(旭化成) 2.19.08
8、上岡忠明(神戸製鋼)2.19.14
9、高田信義(旭化成)2.19.27
10、世利重樹(九州電工)2.19.36


15 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/27 01:12
9回 (1974年)福岡国際マラソン 成績

1、ショーター(アメリカ)2.11.31.2
2、レッセ(東ドイツ)2.12.02.4
3、ペイペリンダ(フィンランド)2.13.09.0
4、マナーズ(ニュージーランド)2.13.11.2
5、スチュアート(イギリス)2.13.11.8
6、宇佐美彰朗(桜門陸友会)2.14.10.6
7、上岡忠明(神戸製鋼)2.15.20
8、世利重樹(九州電工)2.16.00
9、トロッペル(東ドイツ)2.16.09
10、北上吉信(旭化成)2.16.23

10回 (1975年) 福岡国際マラソン 成績

1、ドレイトン(カナダ)2.10.08.4
2、チェトル(オーストラリア)2.10.20.0
3、ロジャース(アメリカ)2.11.26.4
4、チンドロ(イタリア)2.11.45.0
5、レッセ(東ドイツ)2.12.42.0
6、宗猛(旭化成)2.12.52.6
7、グロス(ポーランド)2.13.05
8、服部誠(東農大教員)2.13.13
9、トロッペル(東ドイツ)2.13.17
10、浜田安則(鹿児島中央高教員)2.13.47

16 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/27 07:11
11回(1976年) 福岡国際マラソン 成績

1、ドレイトン(カナダ)2.12.35.0
2、トンプソン(イギリス)2.12.54.2
3、チェルピンスキー(東ドイツ)2.14.56.0
4、宗茂(旭化成)2.14.59.0
5、世利重樹(九州電工)2.17.24.2
6、大塚発未男(東急)2.17.43.0
7、水上則安(新日鉄)2.18.05
8、阪本峰照(日立造船)2.18.50
9、染谷十三夫(入間市役所)2.19.42
10、バウムバッハ(東ドイツ)2.20.45

12回(1978年) 福岡国際マラソン 成績

1、ロジャース(アメリカ)2.10.55.3
2、モイセーエフ(ソビエト)2.11.57.0
3、マグナニ(イタリア)2.13.04.0
4、フレミング(アメリカ)2.14.26.2
5、瀬古利彦(早稲田大)2.15.00.1
6、阪本峰照(日立造船)2.15.37.3
7、キャノン(イギリス)2.16.20
8、世利重樹(九州電工)2.17.11
9、宗猛(旭化成)2.17.35
10、ベントソン(スウェーデン)2.17.43

17 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/27 07:19
13回(1978年)福岡国際マラソン 成績

1、瀬古利彦(早稲田大)2.10.21.0
2、喜多秀喜(神戸製鋼)2.11.05.0
3、宗茂(旭化成)2.11.41.2
4、ライト(イギリス)2.12.31.7
5、モイセーエフ(ソビエト)2.12.44.0
6、ロジャース(アメリカ)2.12.51.3
7、ワードロー(オーストラリア)2.13.02
8、トーマス(アメリカ)2.13.11
9、ビヨクルンド(アメリカ)2.13.15
10、ヒューソン(カナダ)2.13.21

14回 (1979年) 福岡国際マラソン 成績

1、瀬古利彦(早稲田大)2.10.35
2、宗茂(旭化成)2.10.37
3、宗猛(旭化成)2.10.40
4、フォード(イギリス)2.10.51
5、チェ・チェンソブ(北朝鮮)2.11.40
6、スコット(オーストラリア)2.11.55
7、ワードロー(オーストラリア)2.11.55
8、伊藤国光(カネボウ)2.12.08
9、ライアン(ニュージーランド)2.12.33
10、武富豊(神戸製鋼)2.12.47

18 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/27 15:55
79年の福岡はぼんやり記憶がある。この大会はモスクワ五輪を賭けた大会で
マラソン日本一決定戦といっていい大会で瀬古と宗兄弟と他のランナーとの格付けが  
ハッキリと決まったポイントのマラソンだろう。
瀬古>>>宗茂>宗猛>>>伊藤>>>喜多、武富>その他 といった感じか。        

19 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/27 16:25
国際マラソンは世界選手権的な大会だったと聞いているが
意外と日本人が上位に多いね。
日本/外国の出場選手の割合はどれくらいだったの?

20 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/27 21:29
びわ湖だけは国際を名乗らず毎日を貫いているな 

21 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/28 02:19
15回 (1980年) 福岡国際マラソン 成績

1、瀬古利彦(エスビー食品)2.09.45
2、宗猛(旭化成)2.09.49
3、伊藤国光(カネボウ)2.10.05
4、ヘンリー(オーストラリア)2.10.09
5、宗茂(旭化成)2.10.23
6、チェルピンスキー(東ドイツ)2.10.24
7、ペファー(アメリカ)2.10.29
8、キャステラ(オーストラリア)2.10.44
9、武富豊(神戸製鋼)2.11.27
10、キャノン(イギリス)2.11.35

16回(1981年) 福岡国際マラソン 成績

1、キャステラ(オーストラリア)2.08.18(世界最高)
2、伊藤国光(カネボウ)2.09.37
3、宗茂(旭化成)2.10.19
4、ポリ(イタリア)2.11.19
5、宗猛(旭化成)2.11.29
6、ビヨクルンド(アメリカ)2.11.35
7、パーソン(スウェーデン)2.12.19
8、コトフ(ソビエト)2.12.25
9、チバドイザ(コロンビア)2.13.04
10、ボイリュー(カナダ)2.13.31

22 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/28 02:27
17回 (1982年) 福岡国際マラソン 成績

1、バリンジャー(ニュージーランド)2.10.15
2、喜多秀喜(神戸製鋼)2.11.09
3、ラフランキ(スイス)2.11.12
4、伊藤国光(カネボウ)2.11.45
5、ホッジ(カナダ)2.11.52
6、ソロベイ(ソビエト)2.12.09
7、エッジ(カナダ)2.12.40
8、レイマン(アメリカ)2.13.03
9、川口孝志郎 (中京高教員)2.13.40
10、ボイリュー(カナダ)2.14.00

18回 (1983年) 福岡国際マラソン 成績

1、瀬古利彦(エスビー食品)2.08.52
2、イカンガー(タンザニア)2.08.55
3、宗茂(旭化成)2.09.11
4、宗猛(旭化成)2.09.17
5、サラザール(アメリカ)2.09.21
6、伊藤国光(カネボウ)2.09.35
7、喜多秀喜(神戸製鋼)2.10.30
8、エッジ(カナダ)2.11.48
9、ハイルマン(東ドイツ)2.11.49
10、児玉泰介(旭化成)2.12.51

23 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/28 03:32
19回 (1984年) 福岡国際マラソン 成績

1、中山竹通(ダイエー)2.10.00
2、児玉泰介(旭化成)2.10.36
3、ハイルマン(東ドイツ)2.10.59
4、リー・ジョン・ヒョン(北朝鮮)2・11・34
5、伊藤国光(カネボウ)2.12.04
6、引間金夫(新日鉄八幡)2.12.08
7、仙内勇(ダイエー)2.12.20
8、阿部文明(日本電気HE)2.12.41
9、林清司(ダイエー)2.12.47
10、岩瀬哲治(日産自動車)2.13.07

20回 (1985年) 福岡国際マラソン

1、新宅雅也(エスビー食品)2.09.51
2、谷口浩美(旭化成)2.10.00
3、伊藤国光(カネボウ)2.11.19
4、ペーター(東ドイツ)2.12.16
5、須永宏(日本電気HE)2.12.19
6、スラー(タンザニア)2.12.23
7、メコネン(エチオピア)2.13.23
8、クス(ポーランド)2.13.28
9、ラフランキ(スイス)2.13.40
10、バリンジャー(ニュージーランド)2.13.47

24 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/28 08:37
なんかこのスレ一人で頑張ってるだけじゃないのか?

25 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/28 08:57
80年大会はモスクワ五輪直後の大会で瀬古が優勝して力を国民の前に見せつけた。
翌年4月のボストンマラソンにも優勝してマラソン実力世界一の扱いの評価を
世界から受けることとなる。    

26 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/28 09:07
>>24 まあそう言うなよ。別の一人として話題を提供。

前スレでも話題になっていたがロッテルダムマラソンのテクニカルディレクター
はゲブラシラシエのマネージャーでもあり、かつてのハーフマラソンの世界記録
保持者でもあった名ランナーのヘルメンスである。モントリオールオリンピック
のマラソンの大穴に挙げられたこともあり10000でもメダル候補だった。一方、
ロンドンマラソンのディレクターはミュンヘンオリンピックの10000で優勝候補
筆頭ながら失速し、その翌年に4年間破られなかった世界記録(27:30:8)を出した
デービッド・ベッドフォード。こうした満たされない名ランナーが記録の出る
マラソンはどうあるかを追求して今日の都市マラソンの隆盛がある。

日本だったら瀬古あたりが東京マラソンのディレクターをやってもいいと思うが
そんな才覚はなさそう。この違いは何なのだろうね。

>>25 81年はサラザールが幻の世界記録を出して、キャステラも福岡で快走する
から、そういう評価もせいぜい4月から10月までの短期間。




27 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/28 11:10
>>26 キャステラは自分はキャステラでなく‘ド・キャステラ‘だといっていたような・・

あと日本にはマラソンディレクターがいるのかな?
日本のマラソン界は今、振り返るとその辺で遅れをとっていたかな?
あとは選手の努力に頼るだけで。         

28 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/28 12:24
もちろん、Robert de Castellaなのでド・キャステラの方が正しいです。


29 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/28 14:33
ドキャステラの事はみなキャステラと言うのに、
ダコスタをコスタと言う人はいないから不思議。



30 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/28 14:42
ダビッド・ベッカムにことをベッカム。
マイケル・オーウェンのことをオーウェンというのに、
ロベルト・カルロスのことをカルロス、
ルイ・コスタのことをコスタ
と呼ぶ人が少ないから不思議。

31 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/28 14:56
>>25>>26
瀬古が世界一の称号を得たのは実は87年のボストンマラソンです。
この年のボストンは瀬古のほかにド・キャステラ、ジョーンズ、イカンガー、
トレーシーなど豪華メンバーが集結し、同じ年に行われた世界選手権より
価値のある大会と言われたその大会で、
瀬古は平凡なタイムながら2位に1分近い差をつけて圧勝。
前年のシカゴではアーメドにも勝っており、ロペスはすでに引退していたので
この時点で瀬古は世界の強豪をほぼ総なめにしたことになります。


32 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/28 16:34
>>25>>26>>31 瀬古はロス五輪までは負けることなんて想像がつかなかったな。
ロス五輪後に中山が台頭。東京国際での激走、珍走でTV視聴者に強い印象を
与えた。ロス五輪後、瀬古は>31のボストンのほか、ロンドン、シカゴで
優勝したがそのころの印象では中山>>>瀬古というように感じていたな。
中山はそのころ2時間8分台を連発していたからな。        

33 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/28 18:54
>>32 ロス五輪が瀬古神話の終焉かな。
中山はボストンで棄権して、東京での世界陸上での途中棄権。
その世界陸上で谷口が金メダル。
エースの座は中山から谷口へと完全に移行した。 

34 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/28 23:04
>>27-29 うちのじいさん、キャステラのことをずっと、カステラ、といっていた。
イカンガーのことを、イカンナー、とか、間違えたまま、直らなかった。    

35 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 00:34
>>21 81年大会の伊藤国光の健闘が印象に残るな。
あれが伊藤のベストレースかな。

36 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 07:28
>>35 そうだろう。前年の大会では転倒したものの瀬古とそう差のない3位。
トラックではDNガランで瀬古に続き日本記録を上回り3位(歴代2位)。ビスレット
ゲームでは瀬古に勝ったし、81年の大会は優勝候補として臨み、期待を裏切らな
い2位。その後、飛躍すると思われたが、翌年のシチズン・ワールドクラス(アテネ)
マラソンで途中で失速し、まさかの9位。それまでは2強のもう一人で優勝したゴメス
と競っていたが、丘を登りきったあたりで急に首のふりが激しくなりみるみる失速。
それ以降のマラソン人生は(83福岡で自己ベストを更新したり、北京の謎の記録は
あったものの)暗転した。

37 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 07:53
21回 (1986年) 福岡国際マラソン 成績

1、イカンガー(タンザニア)2.10.06
2、大須田祐一郎(日本電気)2.11・19
3、ラフランキ(スイス)2.11.25
4、工藤一良(日産自動車)2.11.58
5、仙内勇(ダイエー)2.11.59
6、春松千秋(池田製菓)2.12.02
7、浦川哲夫(九州電工)2.12.14
8、エッジ(カナダ)2.12.26
9、近藤孝志(ヤクルト)2.13.00
10、ピマッツォーニ(イタリア)2.13.10

22回(1987年) 福岡国際マラソン 成績

1、中山竹通(ダイエー)2.08.18
2、新宅雅也(エスビー食品)2.10.34
3、ペーター(東ドイツ)2.11.22
4、工藤一良(日産自動車)2.11.36
5、デンシモ(エチオピア)2.11.59
6、谷口浩美(旭化成)2.12.14
7、坂口泰(エスビー食品)2.12.25
8、トルスチコフ(ソビエト)2.12.31
9、カシャポフ(ソビエト)2.13.12
10、谷口伴之(エスビー食品)2.13.34



38 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 08:01
23回 (1988年) 福岡国際マラソン 成績

1、渋谷俊浩(雪印)2.11.04
2、デンシモ(エチオピア)2.11.09
3、カシャポフ(ソビエト)2.11.19
4、児玉泰介(旭化成)2.11.38
5、喜多秀喜(神戸製鋼)2.11.51
6、阿部文明(日本電気HE)2.11.57
7、ハイルマン(東ドイツ)2.11.59
8、フライガング(東ドイツ)2.12.28
9、金井豊(エスビー食品)2.12.51
10、バルチャ(エチオピア)2.12.55

24回 (1989年) 福岡国際マラソン 成績

1、マティアス(ポルトガル)2.12.54
2、カシャポフ(ソビエト)2.12.54
3、小指徹(ダイエー)2.13.12
4、谷口伴之(エスビー食品)2.13.42
5、泉宣広(ダイエー)2.13.55
6、ドブラー(西ドイツ)2.14.07
7、メコネン(エチオピア)2.14.29
8、バッヘンブルナー(東ドイツ)2.14.30
9、金井豊(エスビー食品)2.14.52
10、篠原良房(新日鉄八幡)2.15.04

39 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 08:07
25回 (1990年) 福岡国際マラソン 成績

1、デンシモ(エチオピア)2.11.35
2、弘山勉(資生堂)2.11.37
3、オレイリー(アイルランド)2.14.01
4、カシャポフ(ソビエト)2.14.27
5、シャギーエフ(ソビエト)2.14.29
6、マティアス(ポルトガル)2.14.55
7、フライガング(ドイツ)2.15.16
8、喜多秀喜(神戸製鋼)2.15.36
9、エリクソン(スウェーデン)2.15.43
10、金子尚志(日本電気HE)2.16.19

40 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 08:28
26回 (1991年) 福岡国際マラソン 成績

1、森田修一(日産自動車)2.10.58
2、本田竹春(日本電気HE)2.11.35
3、早乙女等(日本電気)2.11.35
4、メコネン(エチオピア)2.11.39
5、高橋浩一(旭化成)2.11.47
6、金在龍(韓国)2.11.51
7、末吉富夫(カネボウ)2.11.55
8、フルク(ポーランド)2.12.06
9、トルスチコフ(ソビエト)2.12.07
10、徳永大輔(カネボウ)2.12.13

46回 (1992年)(朝日国際から大会回数の合算になる)福岡国際マラソン 成績

1、ネゲレ(エチオピア)2.09.04
2、ポー(南アフリカ)2.10.29
3、ガルシア(スペイン)2.10.30
4、セロン(メキシコ)2.10.42
5、フルク(ポーランド)2.11.25
6、トルスチコフ(ロシア)2.12.06
7、早乙女等(NEC)2.12.09
8、ペルスケ(ポーランド)2.12.23
9、北島克巳(京セラ)2.12.23
10、オレイリー(アイルランド)2.12.28

41 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 08:38
こうやって見ると、福岡国際は1988年くらいを境に、大会のレベルが
落ちてきてるな。
渋谷や森田ってどんな選手だったんですか。

42 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 10:09
>>41
箱根駅伝上がり

43 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 10:22
>>41
>福岡国際は1988年くらいを境に、大会のレベルが落ちてきてるな。

禿同。
でも、東京で何度も優勝している世界的名ランナーの谷口やメコネンが
1度も福岡で勝てなかったのは未だに謎だ。

44 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 11:02
昨日テレビ「トリビア」にショーター出てタネ。
わざわざ日本にまで来てくれて、え〜人だ。

45 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 11:28
>>43 相性があるのかな・・

46 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 12:45
>>45
練習過程で春先に強い、夏に走れる、または秋口が調子が良いとかあるかもしれ
ないですね。
谷口、メコネンは秋ー冬シーズン(10月ー12月)レースで好走した記憶がほとんどないので。

47 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 12:49
>>43
福岡って84年の19回大会を最後に、海の中道ー雁の巣折り返すコース
を変更してしまった。何かこのコース変更から福岡のイメージが変わった
感じがするなぁ。

あとレースには関係ないが、NHKから民放の変わってから大会の
重みがなくなったような。できたらまたNHKに放送をもどして欲しい。

48 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 12:51
月別では誰が何月に一番強いのか?1月〜12月までの最高記録とか
調べてみても面白そうですね。 

49 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 12:52
まぁ まず日本のマラソンの歴史を語るには、福岡からって感じはするわな。

50 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 13:00
>>47 福岡はコース変更してから強さと威厳が消えたな。
それに民放の中継は宣伝ばっかりでレースに集中できないな。
CMをやるならかつてのダイエーのCMのように半分がCMで半分が
中山の映像という様な画面にしてほしいな。   

51 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 13:05
47回 (1993年) 福岡国際マラソン 成績

1、セロン(メキシコ)2.08.51
2、タイス(南アフリカ)2.09.31
3、V.サントス(ブラジル)2.10.20
4、オレイリー(イギリス)2.10.39
5、川嶋伸次(旭化成)2.10.41
6、ジェロンキン(ロシア)2.10.44
7、リコ(メキシコ)2.10.45
8、早田俊幸(カネボウ)2.11.04
9、中島伸(NEC)2.11.53
10、エルブイク(ベルギー)2.12.27

48回 (1994年) 福岡国際マラソン 成績

1、アコナイ(タンザニア)2.09.45
2、マティアス(ポルトガル)2.09.50
3、V.サントス(ブラジル)2.10.15
4、エスピノサ(メキシコ)2.11.20
5、倉林俊彰(YKK)2.11.28
6、阿久津浩三(福島病院)2.11.31
7、中村新吾(三和銀行)2.12.15
8、竹内謙一郎(富士通)2.12.33
9、大家正喜(佐川急便)2.13.34
10、イカンガー(タンザニア)2.13.57

52 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 13:15
49回 (1995年) 福岡国際マラソン 成績

1、L.ドスサントス(ブラジル)2.09.30
2、セラーノ(スペイン)2.09.32
3、大家正喜(佐川急便)2.09.33
4、ガルシア(スペイン)2.09.51
5、座安晃(旭化成)2.10.17
6、花田勝彦(エスビー食品)2.10.39
7、谷口浩美(旭化成)2.10.42
8、平塚潤(エスビー食品)2.10.51
9、大崎栄(旭化成)2.11.32
10、砂田貴裕(積水化学)2.12.01

50回 (1996年) 福岡国際マラソン 成績

1、李鳳柱(韓国)2.10.48
2、フスタド(スペイン)2.10.50
3、L.ドスサントス(ブラジル)2.11.24
4、ガルシア(スペイン)2.11.31
5、カストロ(ポルトガル)2.11.57
6、真内明(旭化成)2.12.03
7、依田雅文(安川電機)2.12.10
8、徳永大輔(カネボウ)2.12.57
9、砂田貴裕(積水化学)2.13.01
10、マティアス(ポルトガル)2.13.19

53 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 13:35
51回 (1997年) 福岡国際マラソン 成績

1、チュグワネ(南アフリカ)2.07.28
2、早田俊幸(カネボウ)2.08.07
3、佐保希(旭化成)2.08.47
4、アントン(スペイン)2.10.27
5、ウィルソン(オーストラリア)2.11.06
6、デティ(ケニア)2.11.47
7、小島宗幸(旭化成)2.12.35
8、大川久之(山陽特殊製鋼)2.12.40
9、ケンボイ(ケニア)2.14.08
10、森川貴生(NKK)2.14.21

52回 (1998年) 福岡国際マラソン 成績

1、カビガ(ケニア)2.08.42
2、佐藤信之(旭化成)2.08.48
3、小島忠幸(旭化成)2.09.10
4、五十嵐範暁(中国電力)2.09.38
5、小島宗幸(旭化成)2.09.50
6、トロッサ(テクモ)2.10.27
7、タイエ(エチオピア)2.11.12
8、森川貴生(NKK)2.11.21
9、ベブロ(ポーランド)2.11.23
10、山本泰明(営団地下鉄)2.11.24

54 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 13:38
福岡も90年代は日本勢がまったく優勝できてないんだな。
51回大会の早田の走りが久々に見た好タイムだった記憶があるなぁ。

55 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 15:29
>>http://sports3.2ch.net/test/read.cgi/athletics/1082945524/
【日本】マラソンコースぶらり旅【世界】
まーたりとやっています。こちらへもおこしやす。   


56 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 15:59
日本が低迷してからだいぶ経つけど、
李鳳柱が全盛期の時は世界と互角に戦えたわけだから
ケニアが出てきても、対処する方法はあると思うんだが。。
李だってトラックでたいした記録を持っていないでしょ。
ということは日本勢には粘りというか、ハングリー精神が
足りない気がするが。
スピードランナー育てるより、中山のようなハングリー精神
のあるランナーを見つける方が難しいかー。


57 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 17:20
>>56
駅伝を廃止することだね。
駅伝さえそれなりに走っていれば安定した収入が保証される今のシステムでは
そりゃハングリー精神のあるランナーなんて育たない。

58 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 17:43
>>56 実業団ではチーム練習が多く、メニューもそれほど個人差がない。
シドニー前の旭化成や今の中国電力みたいにライバル意識が育ち、選手の
競い合いがうまく機能する場合もないとは言わないけど、それでも監督の
指導が分散し、選手はどんぐりの背比べにならざるを得ない印象がある。
もっとエリート選手を別格扱いしないと駄目だろう。選手も自覚が足りない
ので、駅伝で注目されれば、と気持ちが逃げている。

それとレベルが上がって、日本選手にはしんどい。無理をすれば故障をする。
故障をしないように量をこなす練習法を開発しないと苦しい。トラックでの
走力の差も限界まで広がっている。10000で1分以上の差があるので4倍すれば
4分の差がある。それを詰めるのは容易ではない。逆に言えばテルガトが日本人
並に練習をすれば2分台で走ってもおかしくない。

59 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 18:29
もう日本人にはハードな練習をこなすだけの身体を持ったのがいないような気がする。
以前の選手は今ほど故障者はいなかったと思うけどな。
食べ物とか生活環境とかの変化が大きいのかな。
最近、高校生の部活の生徒なんかでもコンビニの弁当で昼食をとっているくらいだからな。
円谷の遺書にでてきた食べ物とか、いまの選手たちは小さい頃から食べてきたのかな?  
  
 

60 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 19:20
>>59 自分は干し柿をいつもかじっていたな。
それに学校の行き帰りの2キロの道、柿を途中でもぎながら通った。
くるみとか桑の実とかいただきながら。畑の土手とか田んぼのあぜ道とか
通りながらね。環境はクロカンそのものだった。
      

61 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 20:50
>>60 中山なんか、そんな環境から出てきたんだろう?
でも、現在の社会だと難しいな・・・ 

62 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/29 21:31
まぁ大体が今くらいのレベルだろ戦後ずっと
瀬古中山宇佐美の3人だけ五輪で優勝候補だったのは
君原かワイナイナに聞きに行けば五輪の秘策があるんじゃなかろか

63 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/30 07:12
宗兄弟は、ついに一回も福岡で勝てなかったな。同時期に瀬古がいたこともあるけど。 

64 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/30 07:45
>>56 李鳳柱の記録は歴代42位。類稀な精神力で大レースでは結果を出してきたが、
スピードレースでは太刀打ちできていない。夏期限定でオリンピックや世界選手権
限定で結果を出そうとするのは不可能ではないし、その成果が女子や90年代前半の
男子で上がっていたと思うが、長い目で見るとその方向での強化に特化するのは
よくない。だから李に関しては執念以外はあまりお手本にしない方がいいような気
がする。

65 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/30 09:21
記録と勝負の双方で結果を残すのは難しいな。
それから考えるとアベベはすごいランナーだったな。
アベベというと五輪のレースばっかりクローズアップされているが
五輪以外ではどの様な結果を残しているのですか? 

66 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/30 13:49
>>64
>>夏期限定でオリンピックや世界選手権限定で結果を出そうとするのは不可能ではないし、

60年代から80年代の日本マラソン界は、この大試合(五輪)に勝てなかったのに
問題があったと思うんだが、、あのころの日本勢の記録は毎年、上位ランク。
しかし五輪は優勝候補でも本番に勝てなかった。メダルも逃したりした。
記録と勝負、両方で世界と戦えないのであれば、日本が五輪崇拝傾向がある以上、
「大レースで調整でき、夏マラソンに強い粘れるランナー」を育てるのが大切だと
思うが。。

70年代からマラソン観ていて、最強ランナーは瀬古の右に出るものはいないと
思うのだけど、強くて勝てて、記録が良くても、大試合(五輪)で結果がでないと
「最強ランナー」に?がついてしまうわけだ。
その大試合に調整できた君原が評価されることを思うとなお更だと思う。

極端だが、ケニアでいうと、テルカドを目指すよりも、ワイナイナのような
選手を作る感じか。
トラックの延長で育てていくなら、もう瀬古の時代ではないと思うので、
やはり27分15秒くらいの記録を作らないと今後、冬マラソンで世界と戦うのは
難しい。

67 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/30 13:58
>>63
昔の福岡国際は、無名の外人招待がいきなりポーンと好記録を出して上位に
入ってるのも特徴だね。やはり潜在能力の高い選手が招待されてたんだろう。
瀬古の全盛期も一緒と、宗や伊藤、喜多あたりは不運といえば不運。

68 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/04/30 14:06
>>66 そういう考えでなまじうまくいってしまったことが現在の低迷を招いて
いる気もする。李の記録が42位(正月現在)といっても記録を出した時点で
はもっと上位だった。君原は記録を出していなかったという印象があるかもし
れないけど、67年の別府で勝ったときは世界歴代3位の記録を出している。
いろいろなレース展開に対応できるようになるにはある程度スピードの基礎が
いる。逆に言えば70年代中盤の低迷は今と同じようにトラックが不振で10000
で世界記録から1分おいていかれた時代である。(瀬古、宗兄弟、中山等の)
トラックの記録が伸びて、黄金時代を迎えて暑さ対策もして谷口の世界選手権
制覇と森下の銀があると思う。オリンピックで結果が出なかったとしても瀬古が
歴史上傑出した選手であったというのは疑う余地はないのでは。まぐれや調整が
うまくいってメダルを取っても他で活躍できないと、そんなに評価されないのも
事実。(森下と瀬古の知名度の差は歴然としている)。

オリンピックで惨敗したのはヘルシンキ、ローマとモントリオールだが、何れも
(2つは世界新、モントリオールは歴代4位タイという)早いレース展開につい
ていけなかったスピード不足が原因。君原だってトラックのトップ選手だった。
(オリンピックでは結果の出なかった)宇佐美は日本記録に1秒4と迫った。
円谷は10000で入賞をして日本記録を作ったし、森下もアジア大会のチャンピオン。
本当にスピードのない選手は谷口くらいしか思い当たらない。夏マラソンでも
27分30秒は必要だということだろう。

だから困難であってもスピードがあって暑さに強い選手を作らないと将来はない。
女子ではシドニーのときの高橋はそうだった。逆に言えば李は今度はダメだと思う
し、韓国はこれから苦しいと思う。成功体験というのは抜本的な改革を遅らすから。
(テルガトはトラックで結果を出しているのでケニアの英雄だよ)。

69 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 00:25
30km以降の展開に強さを発揮できないランナーはダメでは?
そういう意味でのトラックのスピードが大切ですよね。
福岡優勝時の藤田の走り、
シカゴで日本最高記録をだした高岡の走り
が理想か?

昔でいえば、瀬古のラストのキレ、91年世陸での谷口のスパート。
中山の走りはいまのケニア勢に通用するのか?
それはそれで見てみたかった。

70 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 04:59
第1回(1981年) 東京国際マラソン 成績

1、喜多秀喜(神戸製鋼)2.12.04
2、ボッチ(イタリア)2.12.11
3、ネディ(エチオピア)2.12.14
4、スクーフス(ベルギー)2.12.17
5、ジュマナザロフ(ソビエト)2.12.31
6、ケニヨン(イギリス)2.12.34
7、マルチャック(ポーランド)2.13.39
8、フリント(オランダ)2.14.04
9、クネッオペルス(オランダ)2.14.14
10、トイボラ(フィンランド)2.14.27

1回 (1981年)東京国際マラソン 成績

1、ゴメス(メキシコ)2.11.00
2、パーソン(スウェーデン)2.12.07
3、トーマス(アメリカ)2.12.31
4、ダーデン(アメリカ)2.13.07
5、阪本峰照(日本鋼管)2.13.22
6、菊地武彦(リッカー)2.14.24
7、トンプソン(イギリス)2.14.39
8、アトキンス(アメリカ)2.15.13
9、森田義三(安川電機)2.15.23
10、村越忍(福岡大)2.15.35

71 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 05:07
2回 (1982年) 東京国際マラソン 成績

1、シドロフ(ソビエト)2.10.33
2、H.ジョーンズ(イギリス)2.10.41
3、ブルネッティ(イタリア)2.11.22
4、中村孝生(エスビー食品)2.12.11
5、コルテライネン(フィンランド)2.12.15
6、クリステンセン(デンマーク)2.12.33
7、セーケレシュ(ハンガリー)2.12.36
8、喜多秀喜(神戸製鋼)2.13.24
9、ネディ(エチオピア)2.13.25
10、ダール(ノルウェー)2.14.00

3回 (1983年) 東京国際マラソン 成績

1、瀬古利彦(エスビー食品)2.08.38(日本最高)
2、宗猛(旭化成)2.08.55(日本最高)
3、ゴメス(メキシコ)2.09.12
4、ネディ(エチオピア)2.10.39
5、イカンガー(タンザニア)2.10.54
6、バルチャ(エチオピア)2.12.07
7、チェルピンスキー(東ドイツ)2.12.40
8、トルッペル(東ドイツ)2.12.41
9、ザルツマン(西ドイツ)2.12.57
10、宗茂(旭化成)2.13・18

72 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 05:15
4回 (1984年) 東京国際マラソン 成績

1、イカンガー(タンザニア)2.10.49
2、ペーター(東ドイツ)2.10.57
3、パルテ(スペイン)2.11.10
4、ザルツマン(西ドイツ)2.11.21
5、ヨルゲンセン(デンマーク)2.11.31
6、ハイルマン(東ドイツ)2.11.32
7、ラザール(フランス)2.11.59
8、チェルピンスキー(東ドイツ)2.12.00
9、川口孝志郎(中京高教員)2.12.04
10、バンデルベネット(ベルギー)2.12.09

5回 (1985年) 東京国際マラソン 成績

1、宗茂(旭化成)2.10.32
2、バルチャ(エチオピア)2.12.01
3、新宅雅也(エスビー食品)2.12.23(初マラソン日本最高)
4、メコネン(エチオピア)2.12.39
5、ネディ(エチオピア)2.12.48
6、V.スタリコフ(ソビエト)2.13.29
7、ウッド(オースラリア)2.13.40
8、サルチコフ(ソビエト)2.13.51
9、引間金夫(新日鉄八幡)2.13.59
10、Y.スタリコフ(ソビエト)2.16.52

73 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 05:23
6回 (1986年) 東京国際マラソン 成績

1、イカンガー(タンザニア)2.08.10
2、デンシモ(エチオピア)2.08.29
3、メコネン(エチオピア)2.08.39
4、中山竹通(ダイエー)2.08.43
5、ハイルマン(東ドイツ)2.10.27
6、ブラ(タンザニア)2.11.27
7、谷口浩美(旭化成)2.11.42
8、林清司(ダイエー)2.12.48
9、宗像寛(新日鉄八幡)2.13.32
10、パルテ(スペイン)2.13.38

7回 (1987年) 東京国際マラソン 成績

1、谷口浩美(旭化成)2.10.06
2、中山竹通(ダイエー)2.10.33
3、メコネン(エチオピア)2.11.54
4、須永宏(日本電気HE)2.13.44
5、仙内勇(ダイエー)2.14.28
6、ルビッキ(ポーランド)2.15.48
7、池田重政(ヤクルト)2.16.18
8、ミシビッチ(ポーランド)2.18.51
9、ブラ(タンザニア)2.19.54
10、高村英男(本田技研)2.20.09

74 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 05:30
8回 (1988年) 東京国際マラソン 成績

1、メコネン(エチオピア)2.08.33
2、イカンガー(タンザニア)2.08.42
3、ペーター(東ドイツ)2.08.47
4、キャステラ(オーストラリア)2.08.49
5、ザルツマン(西ドイツ)2.10.10
6、仙内勇(ダイエー)2.10.59
7、ワキウリ(エスビー食品)2.11.57
8、三村徹(カネボウ)2.12.14
9、谷口浩美(旭化成)2.13.16
10、浦田春生(本田技研)2.14.53

9回 (1989年) 東京国際マラソン 成績

1、谷口浩美(旭化成)2.09.34
2、エルビック(ベルギー)2.12.16
3、金哲彦(リクルート)2.16.55
4、サビッキー(ポーランド)2.16.58
5、ニジョカ(ケニア)2.18.04
6、プラチェック(フランス)2.18.28
7、マイシバ(ケニア)2.18.37
8、西政幸(旭化成)2.18.43
9、ウォラシェ(エチオピア)2.18.52
10、サエルマン(ベルギー)2.18.55

75 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 05:33
前スレから興味深い話ばかりで勉強になるけど
「マラソン通史」となると、アベベ以外いないんだろうなぁ。

昔、NHKかなんかで世界の一流マラソンランナーに名ランナーを
10人選んでもらう企画があった気がするのだけど、その中の一人が
1位にアベベ・ビキラを挙げ、他は選ばなかった。
「彼だけは特別なんだ。それ以外は選びようがないよ」と言っていた。

その中でも自分を1位に挙げてたのがド・キャステラだったw

76 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 05:35
10回 (1990年) 東京国際マラソン成績

1、中山竹通(ダイエー)2.10.57
2、トレーシー(アイルランド)2.11.23
3、デンシモ(エチオピア)2.11.32
4、小指徹(ダイエー)2.12.16
5、カレル(チェコスロバキア)2.12.24
6、清水悟(カネボウ)2.12.49
7、デュベ(エチオピア)2.15.25
8、末吉富夫(カネボウ)2.15.48
9、武田裕明(NTT東京)2.15.50
10、ボルガ(ハンガリー)2.16.11

77 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 05:44
11回 (1991年) 東京国際マラソン 成績

1、メコネン(エチオピア)2.10.26
2、小指徹(ダイエー)2.10.26
3、カスティーヨ(メキシコ)2.10.47
4、デュベ(エチオピア)2.11.00
5、末吉富夫(カネボウ)2.11.02
6、カレル(チェコスロバキア)2.11.12
7、西政幸(旭化成)2.11.27
8、ショーブリエ(フランス)2.11.40
9、谷口浩美(旭化成)2.11.55
10、フォスター(イギリス)2.11.59

12回 (1992年) 東京国際マラソン 成績

1、森下広一(旭化成)2.10.19
2、中山竹通(ダイエー)2.10.25
3、早田俊幸(カネボウ)2.10.37
4、カスティーヨ(メキシコ)2.11.03
5、末吉富夫(カネボウ)2.11.17
6、篠原太(神戸製鋼)2.11.34
7、西政幸(旭化成)2.13.25
8、仙内勇(ダイエー)2.13.37
9、H.ジョーンズ(イギリス)2.13.57
10、高橋浩一(旭化成)2.14.39

78 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 05:57
瀬古は別大毎日マラソン、中山はびわ湖毎日マラソンを未経験。
瀬古、中山は大会規模からしてわかる気がするが、
伊藤国光が東京国際マラソンを経験しなかったのは、春先の大会に
調整しにくかったなか、単に相性がわるいのか。
若い頃は毎日や別大の春レースを走っていたが。。


79 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 06:05
81年 東京国際マラソン 優勝 喜多秀喜のラップタイム

5km 16.21
10km 31.22(15.01)
15km 46.47(15.25)
20km 1.02.27(15.40)
25km 1.18.15(15.48)
30km 1.33.48(15.33)
35km 1.49.26(15.38)
40km 2.05.28(16.02)
2.195km(6.36) 2時間12分04秒

85年 東京国際マラソン 優勝 宗茂のラップタイム

5km 14.56
10km 29.54(14.58)
15km 44.49(14.55)
20km 59.57(15.08)
25km 1.15.21(15.24)
30km 1.30.59(15.38)
35km 1.46.58(15.59)
40km 2.03.19(16.21)
2.195km(7.13) 2時間10分32秒

80 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 06:10
92年 東京国際マラソン 優勝 森下広一のラップタイム

5km 15.23
10km 30.32(15.09)
15km 46.02(15.30)
20km 1.01.31(15.29)
25km 1.16.44(15.13)
30km 1.32.05(15.21)
35km 1.47.49(15.44)
40km 2.03.30(15.41)
2.195km (6.49) 2時間10分19秒

81 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 06:16
>>70
この第1回大会の結果をみると、1位から6位までほとんどトラック勝負に
なっていたのかな?30秒以内に6人も入っているレース展開なんてあまり
聞いたことがないな。そういえば、前スレでモスクワのプレ五輪が接戦だったように記憶しているんですが。

82 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 09:33
>>79
ヤッパリ最初の5kmの入りが16分かかっていたか。
83年の瀬古の時が15分58秒だから、1回から3回大会まではこの5km区間が
200m長かったってことかな。

83 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 10:20
>>70 第1回大会の主催が読売と産経に分かれて別大会を開いていたが、
どうして、そのような事態になってしまったのですか?   

84 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 12:24
昔から東京国際マラソンは他の主要大会(福岡、別大、びわ湖)に比べて
若手や中堅ランナーが自己ベストを出しにくい大会に感じる。
後半の坂が問題なんだろうが、コース変更は今後あるのだろうか。

85 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 12:38
13回 (1993年) 東京国際マラソン 成績

1、メコネン(エチオピア)2.12.00
2、モネゲッティ(オーストラリア)2.12.36
3、シェリフ(マツダ)2.12.55
4、本田竹春(日本電気HE)2.13.04
5、ニムチャック(ポーランド)2.13.31
6、打越忠夫(雪印)2.13.45
7、ショーブリエ(フランス)2.13.57
8、徳永大輔(カネボウ)2.13.59
9、ヘルブイク(ベルギー)2.14.10
10、実井謙二郎(MDI)2.14.14

14回 (1994年) 東京国際マラソン 成績

1、モネゲッティ(オーストラリア)2.08.55
2、ルソー(ベルギー)2.09.08
3、早田俊幸(カネボウ)2.10.19
4、実井謙二郎(MDI)2.11.10
5、メコネン(エチオピア)2.12.13
6、白承道(韓国)2.12.54
7、ドブラー(ドイツ)2.12.57
8、鈴木尚人(本田技研)2.13.27
9、徳永大輔(カネボウ)2.15.16
10、グルニー(ポーランド)2.15.20


86 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 12:45
15回 (1995年) 東京国際マラソン 成績

1、ワイナイナ(コニカ)2.10.31
2、ニムチャック(ポーランド)2.10.44
3、キマイヨ(ケニア)2.10.47
4、フルク(ポーランド)2.11.25
5、バルザキ(イタリア)2.11.29
6、トルスチコフ(ロシア)2.11.34
7、徳永大輔(カネボウ)2.11.38
8、伊東広幸(本田技研)2.11.51
9、川嶋伸次(旭化成)2.12.17
10、コトフ(ベラルーシ)2.12.55

16回 (1996年)東京国際マラソン成績

1、リマ(ブラジル)2.08.38
2、ピント(ポルトガル)2.08.38
3、フスタド(スペイン)2.08.46
4、実井謙二郎(日清食品)2.08.50
5、大崎栄(旭化成)2.10.10
6、川嶋伸次(旭化成)2.10.41
7、シェリフ(マツダ)2.12.35
8、服部孝弘(カネボウ)2.12.41
9、フルク(ポーランド)2.13.09
10、ストリジアコフ(ロシア)2.13.15


87 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 12:52
17回 (1997年) 東京国際マラソン成績

1、清水康次(NTT中国)2.10.09
2、服部孝宏(カネボウ)2.10.21
3、川嶋伸次(旭化成)2.11.13
4、谷口浩美(旭化成)2.11.26
5、シルバ(ブラジル)2.11.58
6、V.ドスサントス(ブラジル)2.12.48
7、ヤワ(南アフリカ)2.13.38
8、コトフ(ベラルーシ)2.13.41
9、大崎栄(旭化成)2.13.47
10、ベラ(エクアドル)2.14.02

18回 (1998年) 東京国際マラソン 成績

1、フスタド(スペイン)2.08.01
2、リマ(ブラジル)2.08.31
3、ガルシア(スペイン)2.08.40
4、レオーネ(イタリア)2.09.46
5、モレノ(ブラジル)2.10.14
6、国近友昭(NTT中国)2.11.28
7、真内明(旭化成)2.11.46
8、山本泰明(営団地下鉄)2.12.51
9、ベラ(エクアドル)2.13.09
10、川嶋伸次(旭化成)2.15.13

88 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 13:02
19回 (1999年) 東京国際マラソン 成績

1、タイス(南アフリカ)2.06.33
2、三木弘(旭化成)2.08.05
3、清水康次(NTT中国)2.09.00
4、ドスサントス(ブラジル)2.11.13
5、奥谷亘(積水化学)2.11.24
6、横山景(雪印)2.11.57
7、犬伏孝行(大塚製薬)2.12.20
8、堀尾典臣(積水化学)2.12.37
9、シュベリノォフ(ロシア)2.15.20
10、オツオリ(トヨタ自動車)2.16.57

20回 (2000年) 東京国際マラソン 成績

1、コスゲイ(ケニア)2.07.15
2、李鳳柱(韓国)2.07.20
3、フスタド(スペイン)2.08.08
4、犬伏孝行(大塚製薬)2.08.16
5、白承道(韓国)2.08.49
6、三木弘(旭化成)2.09.30
7、モネゲッティ(オーストラリア)2.10.00
8、清水康次(NTT中国)2.10.41
9、大沢陽祐(本田技研)2.13.21
10、桑本聡(積水化学)2.15.12

89 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 13:04
>>81 79年のスパルタキアードは1位から4位まで1秒差。1位と5位が6秒差、6位は
だいぶ遅れたがそれでも29秒差。

>>82 83年東京のときにホームグラウンドとして神宮周回コースを常に走っていた
SB勢は既に5kmのチェックポイントが114mずれていると指摘していた。因みに83年
の東京は右膝の故障で走れなかった瀬古の復帰レース。優勝候補のゴメスにちゃん
とついていけるか、まともに走れるかという不安と期待の交錯した中での快走だった。
関心も高くスタート時15%程だった視聴率がゴール時には51,3%(関東)、
平均で37.5%という驚くべき数字をたたき出していた。

もっとも負けた後のコメントではゴメスも、(一週間後に青梅マラソンのために
来日した)マイヤーも「サラザールが一番」とコメントしていた。サラザールが
4月にロッテルダムでド・キャステラやロペスに負けるというのは瀬古がロスで
失速する位の大事件であったことを窺い知ることができる。

>>83 70年代後半から瀬古、宗兄弟が台頭し、マラソン人気が沸騰したため、何も
考えないマスコミが同時にマラソン開設を申請したため。そのため福岡の権威が
落ち、日本のマラソンは駄目になったとも言える。フジ・サンケイの第1回マラソン
のディレクターは東京オリンピック聖火最終ランナーの坂井義則氏。翌年からあまり
にも無考えなテレビ局を陸連と(交通整理が大変な)警察が戒め、各テレビ局の隔年
開催にした。例えば83年はフジ・サンケイの主催。最近は読売がずっとやって
いるような気がするので人気がなくなった頃合いにフジ・サンケイはスポンサーを
降りたのかな。(まったく引っかき回すだけ引っかき回して)。

90 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 13:05
>>88
タイスの2時間6分33秒って今でも国内最高記録でなかったか?
東京の坂があってだした記録だからベルリン、ロッテルダムなどの高速レース
より価値があるな。

91 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 14:01
黄色

92 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 14:08
>>89
そういえばグレッグ・マイアー(アメリカ)いたな。懐かしい。
70年代から80年代初頭はアメリカがマラソン王国だった。
ショーターのあと、ムーア、バチェラー、カードング、ロジャース、
サラザールが台頭する前後にもフレミング、トーマス、ベアーズレー
ペファー、ビヨクルンド、ダーデン、バージンなんかもいて2時間9−11分
前後の選手は世界でいちばん多く輩出していた。日本以上にアメリカの
マラソンの地盤沈下は激しかった。

そういえば青梅マラソンの大会記録は81年に瀬古がマークした
1時間29分32秒なのだが、優勝者に名前がない。たしかこの
あとの4月のボストンマラソンを睨んで、坂の多い青梅で仮想ボストン
として参加した。
だから直前でもキャンセルできるようオープン参加扱いだったと思う。
この81年大会はこの時点で、瀬古よりマラソンタイムの好かった(2.9.01)
ゲラルド・ネイブール(オランダ)も参加。ネイブールはモスクワ五輪の
銀メダリスト。このネイブールに3分差をつけた。(ネイブールは優勝扱いで
1.32.34)
前年の暮れの福岡でモスクワ五輪金メダリストのチェルピンスキーに快勝。
そして翌年2月は30キロとはいえ、銀メダリストのネイブールに圧勝。
4月のボストンはモスクワではもう一人の優勝候補、ロジャース(アメリカ)
に1分の差をつけて大会新記録で優勝と、80−81年が瀬古の最盛期の
ように思えた。


93 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 15:11
<<41
森田修一(専修大ー日産自動車)
91年の福岡国際までのマラソン戦歴は以下の通り

1、(4位)2時間16分25秒 44回(89年)びわ湖毎日
2、(5位)2時間15分32秒 45回(90年)びわ湖毎日
3、(14位)2時間18分32秒 25回(90年)福岡国際
4、(7位)2時間14分56秒 46回(91年)びわ湖毎日
5、?2時間34分? (91年)ゴールドコースト
6、(優勝)2時間10分58秒 26回(91年)福岡国際

94 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 15:17
前スレで「年度別世界10傑」80年代版が記載されてましたが、
日本10傑もご存知の方、お願い致します。

95 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 20:35
>>94 80年代終盤から90年代半ばまで、児玉、谷口、伊藤、中山、瀬古 という
上位5傑は全く動かなかったと思うけど、それ以前の日本歴代十傑はどうなのかな?
誰か教えてください。   

96 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 21:56
>>94
区切って掲載していきます。

1980年度 日本10傑

1、瀬古利彦(エスビー食品)2.09.45
2、宗猛(旭化成)2.09.49
3、伊藤国光(カネボウ)2.10.05
4、宗茂(旭化成)2.10.23
5、武富豊(神戸製鋼)2.11.27
6、弓削裕(旭化成)2.13.56
7、喜多秀喜(神戸製鋼)2.14.37
8、川口孝志郎(中京高教員)2.15.15
9、引間金夫(新日鉄八幡)2.15.19
10、高取一男(東洋工業)2.15.23

1981年 日本10傑

1、瀬古利彦(エスビー食品)2.09.26
2、伊藤国光(カネボウ)2.09.37
3、宗茂(旭化成)2.10.19
4、宗猛(旭化成)2.11.29
5、喜多秀喜(神戸製鋼)2.12.04
6、阪本峰照(日立造船)2.13.22
7、菊池武彦(リッカー)2.13.22
8、松尾正雄(九州電工)2.14.38
9、引間金夫(新日鉄八幡)2.14.55
10、渡辺康徳(九州電工)2.15.00

97 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 22:08
1982年 日本10傑

1、喜多秀喜(神戸製鋼)2.11.09
2、伊藤国光(カネボウ)2.11.45
3、中村孝生(エスビー食品)2.12.11
4、川口孝志郎(中京高教員)2.13.40
5、菅谷久二(電電東京)2.14.29
6、引間金夫(新日鉄八幡)2.14.46
7、水久保美智雄(新日鉄八幡)2.15.23
8、田尻辰之(自衛隊体育学校)2.15.41
9、阪本峰照(日立造船)2.15.49
10、西村義弘(新日鉄大分)2.15.50

1983年 日本10傑

1、瀬古利彦(エスビー食品)2.08.38
2、宗猛(旭化成)2.08.55
3、宗茂(旭化成)2.09.11
4、伊藤国光(カネボウ)2.09.35
5、喜多秀喜(神戸製鋼)2.10.30
6、児玉泰介(旭化成)2.12.51
7、川口孝志郎(中京高教員)2.13.22
8、須永宏(日本電気HE)2.13.31
9、阿部文明(日本電気HE)2.13.41
10、西村義弘(新日鉄大分)2.13.55

98 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 22:15
1984年 日本10傑

1、中山竹通(ダイエー)2.10.00
2、児玉泰介(旭化成)2.10.36
3、宗猛(旭化成)2.10.55
4、伊藤国光(カネボウ)2.12.04
5、川口孝志郎(中京高教員)2.12.04
6、引間金夫(新日鉄八幡)2.12.08
7、喜多秀喜(神戸製鋼)2.12.16
8、西村義弘(新日鉄大分)2.12.26
9、千葉照夫(東北日本電気)2.12.33
10、林清司(ダイエー)2.12.47

1985年 日本10傑

1、中山竹通(ダイエー)2.08.15
2、新宅雅也(エスビー食品)2.09.51
3、谷口浩美(旭化成)2.10.01
4、宗茂(旭化成)2.10.23
4、宗猛(旭化成)2.10.23
6、阿部文明(日本電気HE)2.11.04
7、須永宏(日本電気HE)2.11.09
8、伊藤国光(カネボウ)2.11.19
9、野田浩(旭化成)2.11.23
10、千葉照夫(東北日本電気)2.11.56

99 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 22:31
>>68
君原がトラックで一流だったのは東京五輪前後まで。
64年は円谷と走って29分01秒の日本歴代2位を記録。
また円谷にやぶられるまで2万mでも日本記録を保持していた。東京五輪代表
の渡辺(九州電工)や船井(東急)とも互角のトラックレースを展開していた。

しかし君原はどちらかというとスロースターター。3回の五輪とも序盤、先頭集団で
走ったことがない。やはり積極的に前にでてレースしてたのは東京五輪前後の
君原自身の全盛期の頃が多かった。
その為、トラックのスピードランナーというよりもどのようなコンディションに
でも対応できるオールラウンドランナーのような評価だった。
ミュンヘン前の評価は「後続集団から徐々に前半ハイペースで飛ばした選手を
抜いていけば下位入賞も可能」とでていたのを覚えている。
君原はどちらかというと谷口浩美タイプかもしれない。

100 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 22:32
>>96>>97>>98  伊藤国光の安定感が目を引くな。  

101 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 23:02
でも伊藤国光は暴走したり勝負勘というものは全くなかったような気がします。

102 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/01 23:51
伊藤国光は個々のマラソンもそうだがマラソン人生でも何回となくチャンスを逃がして
いるような気がする。彼がメジャーになる最大のチャンスは81年の福岡だったかもしれ
ない。結果としては彼のベストレースだったのだが、瀬古も宗兄弟も出ていないレース
で前年3位の彼が前年8位のド・キャステラに負けたのは力の差というにはあまりにも口
惜しい結果だったのではなかろうか。ついで82年のシチズン・ワールドクラス(アテネ)
でもゴメスとの一騎打ちという下馬評で9位と惨敗して世界デビューのチャンスを逸して
いる。82年の福岡もたいした選手が出ていないのに4位に終わったりして、全くいらいら
させられることが多かった。

103 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/02 03:29
俺も詳しくはないですが、1980年代のマラソンを見て来て
伊藤国光選手は、GTには出るけども絶対勝てないGU馬という
感じがしました。

ローゼンカバリー国光

104 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/02 06:22
1986年 日本10傑

1、児玉泰介(旭化成)2.07.35
2、伊藤国光(カネボウ)2.07.57
3、中山竹通(ダイエー)2.08.21
4、瀬古利彦(エスビー食品)2.08.27
5、谷口浩美(旭化成)2.10.08
6、西政幸(旭化成)2.11.10
7、大須田祐一郎(日本電気)2.11.19
8、工藤一良(日産自動車)2.11.58
9、仙内勇(ダイエー)2.11.59
10、春松千秋(池田製菓)2.12.02

1987年 日本10傑

1、中山竹通(ダイエー)2.08.18
2、谷口浩美(旭化成)2.09.50
3、新宅雅也(エスビー食品)2.10.34
4、阿部文明(日本電気HE)2.11.08
5、坂口泰(エスビー食品)2.11.21
6、児玉泰介(旭化成)2.11.23
7、工藤一良(日産自動車)2.11.36
8、瀬古利彦(エスビー食品)2.11.50
9、池田重政(ヤクルト)2.11.57
10、西村義弘(新日鉄大分)2.12.03

105 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/02 06:30
1988年 日本10傑

1、谷口浩美(旭化成)2.07.40
2、宗猛(旭化成)2.10.40
3、仙内勇(ダイエー)2.10.59
3、工藤一良(日産自動車)2.10.59
5、渋谷俊浩(雪印)2.11.04
6、中山竹通(ダイエー)2.11.05
7、児玉泰介(旭化成)2.11.38
8、喜多秀喜(神戸製鋼)2.11.51
9、阿部文明(日本電気HE)2.11.57
10、篠原太(神戸製鋼)2.12.00

1989年 日本10傑

1、谷口浩美(旭化成)2.09.34
2、須永宏(日本電気HE)2.10.40
3、中村孝生(エスビー食品)2.11.51
4、清水悟(カネボウ)2.12.26
5、篠原太(神戸製鋼)2.12.41
6、宗茂(旭化成)2.12.49
7、宗猛(旭化成)2.12.53
8、末吉富夫(カネボウ)2.12.57
9、小指徹(ダイエー)2.13.12
10、谷口伴之(エスビー食品)2.13.42

106 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/02 06:39
1990年 日本10傑

1、谷口浩美(旭化成)2.10.56
2、中山竹通(ダイエー)2.10.57
3、弘山勉(資生堂)2.11.37
4、米重修一(旭化成)2.12.00
5、小指徹(ダイエー)2.12.16
6、谷口伴之(エスビー食品)2.12.22
7、西本一也(九州産交)2.12.41
8、清水悟(カネボウ)2.12.49
8、新宅永灯至(エスビー食品)2.12.49
10、藤野圭太(九州電工)2.12.55

1991年 日本10傑

1、森下広一(旭化成)2.08.53
2、中山竹通(ダイエー)2.09.12
3、三村徹(カネボウ)2.09.23
4、小指徹(ダイエー)2.10.26
5、森田修一(日産自動車)2.10.58
6、末吉富夫(カネボウ)2.11.02
7、江内谷良一(旭化成ベンベルグ)2.11.27
7.西政幸(旭化成)2.11.27
9、本田竹春(日本電気HE)2.11.35
9、早乙女等(日本電気)2.11.35

107 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/02 06:53
日本選手の全盛期をまとめてみると、

1960−63 寺沢徹
1963−64 君原健二
1965 重松森雄
1966−1967 佐々木精一郎
1969−1972 宇佐美彰朗

1978−1983 瀬古利彦
1985−1987 中山竹通
1988−1991 谷口浩美
1991−1992 森下広一

78年から85年前後を宗兄弟、伊藤、喜多あたり飛車、角の位置づけ。

60年代から90年初頭まで日本には世界で競えるエースがいた。
その中でモントリオール五輪前後の73年から77年までが低迷。
92年以降バルセロナ五輪後が低迷という流れのような気がする。

108 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/02 08:32
>>100
>>101
>>102
>>103

1981年 福岡国際 ラップ表

(キャステラ)
5km 15.31
10km 30.31(15.00)
15km 45.29(14.58)
20km 1.00.31(15.02)
25km 1.15.53(15.22)
30km 1.31.09(15.16)
35km 1.46.08(14.59)
40km 2.01.31(15.24)
2.195km (6.46)
優勝 2時間08分18秒(世界最高記録)

(伊藤国光)
5km 15.34
10km 30.31(14.57)
15km 45.29(14.58)
20km 1.00.31(15.02)
25km 1.15.53(15.22)
30km 1.31.09(15.16)
35km 1.46.23(15.14)
40km 2.02.22(15.59)
2.195km (7.15)
2位 2時間09分37秒 (日本歴代3位)



109 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/02 08:36
>>92
あとアメリカの強豪として70年代にサンドバルがいた。
ニューヨークでロジャースと競っていた印象がある。

110 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/02 08:50
>>105宗兄弟は73年の初マラソンで1.2フィニッシュした時のタイムが、
(茂 2時間17分28秒6、猛 2時間17分46秒6)がその年の日本10傑の
下位の方で入ってると思うから、89年までランキングされているようだね。
これは16年間ものあいだ、マラソンの日本ランキング10に入っている
ランナーはそうはいないんじゃないか?
これはこれで宗兄弟の功績は大きいと思う。

111 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/02 09:25
マラソン歴20年の私です。
私は中山竹通選手だと思いますが。あのテレビ画面から伝わってくる威圧感は
すごかった。でも同時もいる。伊藤(国光)さんかな。優勝経験はないけど
安定感はあった。それだけでもすごい。

112 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/02 12:15
>>99
そうですか。君原は五輪で前半待機型だったんですね。
前半自嘲して2位まで上がってこれたメキシコ五輪って、そうとう過酷な条件
だったんですかね。

>>111
私も中山、強かったと思います。
そんな中で、90年の東京国際ですかね、後半バテバテになって、頭から水を
浴びたグショグショの髪の毛とげっそりした顔をみて
「中山も力が落ちたな」って思ったものです。
その後の別大、東京国際、バルセロナと昔のイメージはなかったですね。

113 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/02 23:04
別府大分毎日マラソンの各大会の上位10選手とか分かる方いたら教えてください。
昔はどんなレースだったのですか?
別大は宗茂の日本最高とか森下広一の初マラソン日本最高とかぐらいしか、
知らないので、昔の記録とか教えてください。  

114 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/02 23:43
別大の過去の優勝者とタイムは
ttp://www.sanspo.com/morespo/ekiden/04race/040201mara_beppu.html
にある。ざっと見ても第12回のタイムがそれまでと格段によくなっているが、言わず
としれた寺沢が世界最高を出したレース。実はその年のランキング10位までをこの別府
のレースで独占している(筈である)。65年の記録も日本最高で、ともかく寺沢は別府
男の異名をほしいままにした。66,67,68年も大会新が連続して出る。特に注目すべきは
67年の16回大会で、君原の2時間13分33秒4は世界歴代3位、2位に入った佐々木精一郎
の記録(2時間13分38秒6は歴代4位。実にこの時点で歴代5位までのうちを4人を日本選手
がしめたことになる。このレースは残り1キロで佐々木がスポンジに手を伸ばした一瞬の
隙をついての君原の勝利だった。その後、上岡、君原の活躍などもあるが、福岡との
インターバルが短いせいかあまり一流選手が出ない印象があった。(君原は福岡を回避
していた)。74年の浜田の大会新は後半に14分台のスプリットを刻む見事なもので不振
の70年代中葉では傑出した記録。翌年の小沢はトラックの選手で初マラソンで優勝。
76年から別府大分毎日マラソンと名称が変わる。何と言っても78年のレースが目をひく。
ずっと14分台のスプリットを刻み、40キロでも大きく世界最高をリード。最後の2.195
キロに7分50秒6もかかって大魚を逸したが、世界歴代2位の大記録であった。翌年から
テレビ放送が始まる。別大男西村の地味な活躍などを経て、91年の森下の大会新に
つながる。これは森下の初レースで、中山を下しての堂々の優勝。3位の三村も9分台の
好記録だった。翌年のセロンと黄のせりあいも見事で両者大会新。一躍二人ともバルセロナ
の優勝候補に名を連ね、黄はそのまま本番でも森下を下して優勝。その後はタイスの
大会新や新人清水の快走などはあっても地味な大会になりさがってしまった。

115 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/03 01:00
>>76
アイルランドのトレーシーって日本で走ってたんだ!
>>103
ソレだ!

116 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/03 01:45
東京以後ではやはり佐々木精一郎の凄味が印象に残る
クレイトンが10分切った福岡では先行するクレイトンに30キロ過ぎに追いついて
勝負あった走りも明らかに佐々木が上とアナも興奮したが突然の腹痛で後退
大魚を逸したが、翌年の別大では食い下がる君原をあっさり突き放しして楽勝
際立った強さをみせつけた。翌日の朝日のスポーツ面も佐々木時代の到来と書いた
年齢もまだ22、3才で君原はおろか宇佐美よりも若くその風貌もあいまって底知れない
強さを感じさせた
もちろん、いの一番でメキシコ代表を決め、福岡の走りは腹痛さえ起きなければクレイトンより
明らかに強く安定性もあり金メダル候補になったが夏頃から佐々木変調が囁かれだした
大会後、夏合宿に取材した虫明亜呂無は練習後一緒に入った風呂で
無言で背中を丸めて石鹸をタオルにこすりつけている佐々木に
眼をそむけたくなる不吉なものを感じたと書いている。
その後結局復活する事はなかったけれど、どちらかといえば泥臭い根性、努力が似合う
君原、宇佐美に比べて天才的な輝きを放った選手だった



117 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/03 02:33
>>113
80年以降の上位6までなら記載できます。

29回(1980年) 別大毎日マラソン 成績

1、武富豊(神戸製鋼)2.13.29
2、佐藤進(旭化成)2.17.00
3、河崎輝美(BSタイヤ)2.17.06
4、井上文男(安川電機)2.17.20
5、引間金夫(新日鉄八幡)2.17.22
6、土山泰三(菊川町役場)2.17.29

30回(1981年) 別大毎日マラソン 成績

1、宗茂(旭化成)2.11.30
2、宗猛(旭化成)2.11.32
3、ベアーズレー(アメリカ)2.12.41
4、武富豊(神戸製鋼)2.16.16
5、前田篤秀(鈴木自動車)2.16.28
6、マッカリー(アメリカ)2.17.47

31回(1982年) 別大毎日マラソン 成績

1、ホッジ(アメリカ)2.15.43
2、西村義弘(新日鉄大分)2.15.50
3、ウッド(オーストラリア)2.16.45
4、スタール(スウェーデン)2.17.16
5、山岡秀樹(神戸製鋼)2.18.33
6、井上明男(矢板中央OB)2.18.38


118 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/03 02:40
32回(1983年) 別大毎日マラソン 成績

1、西村義弘(新日鉄大分)2.13.55
2、浦川哲夫(九州電工)2.16.26
3、宗像寛(新日鉄八幡)2.16.52
4、浜田安則(京セラ)2.16.59
5、千葉照夫(東北日本電気)2.17.01
6、立川勝浩(旭化成)2.17.02

33回(1984年) 別大毎日マラソン 成績

1、フリント(オランダ)2.12.05
2、西村義弘(新日鉄大分)2.12.26
3、千葉照夫(東北日本電気)2.12.33
4、仙内勇(ダイエー)2.13.07
5、アンダーソン(アメリカ)2.13.22
6、山岡秀樹(神戸製鋼)2.13.28

34回(1985年) 別大毎日マラソン 成績

1、谷口浩美(旭化成)2.13.16
2、ベルゲ(ノルウェー)2.15.50
3、森口達也(神戸製鋼)2.16.16
4、末吉富夫(カネボウ)2.16.19
5、西村義弘(新日鉄大分)2.16.25
6、小野明(吉川工業)2.16.52

119 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/03 02:48
35回(1986年) 別大毎日マラソン 成績

1、児玉泰介(旭化成)2.10.34
2、ビルチェフスキ(ポーランド)2.11.34
3、小野明(吉川工業)2.13.00
4、大須田祐一郎(日本電気)2.13.13
5、末吉富夫(カネボウ)2.13.18
6、ミジビッチ(ポーランド)2.14.18

36回(1987年) 別大毎日マラソン 成績

1、西村義弘(新日鉄大分)2.12.03
2、西政幸(旭化成)2.12.27
3、金哲彦(リクルート)2.12.35
4、江内谷良一(旭化成)2.12.40
5、長島浩(ダイエー)2.12.46
6、ワキウリ(エスビー食品)2.13.34

37回(1988年) 別大毎日マラソン 成績

1、ラフランキ(スイス)2.11.58
2、篠原太(神戸製鋼)2.12.00
3、高橋浩一(旭化成)2.12.14
4、稲原敏弘(ダイエー)2.12.22
5、小指徹(ダイエー)2.12.42
6、タバク(ソビエト)2.14.11


120 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/03 02:56
38回(1989年) 別大毎日マラソン 成績

1、清水悟(カネボウ)2.12.26
2、トルスチコフ(ソビエト)2.12.35
3、篠原太(神戸製鋼)2.12.41
4、タバク(ソビエト)2.12.49
5、宗茂(旭化成)2.12.49
6、末吉富夫(カネボウ)2.12.57

39回(1990年) 別大毎日マラソン 成績

1、プシェック(ポーランド)2.11.56
2、米重修一(旭化成)2.12.00(初マラソン日本最高)
3、弘山勉(資生堂)2.12.48
4、藤野圭太(九州電工)2.12.55
5、西政幸(旭化成)2.13.17
6、バイヤー(ハンガリー)2.13.22

40回(1991年) 別大毎日マラソン 成績

1、森下広一(旭化成)2.08.53
2、中山竹通(ダイエー)2.09.12
3、三村徹(カネボウ)2.09.23
4、江内谷良一(旭化成)2.11.27
5、児玉泰介(旭化成)2.12.09
6、早乙女等(日本電気)2.13.07


121 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/03 03:04
41回(1992年) 別大毎日マラソン 成績

1、セロン(メキシコ)2.08.36
2、ファン・ヨン・チョ(韓国)2.08.47
3、ニムチャック(ポーランド)2.11.16
4、シルバ(ブラジル)2.11.28
5、泉宣広(ダイエー)2.12.55
6、若林寿(NTT東京)2.13.24

42回(1993年) 別大毎日マラソン 成績

1、カスティーヨ(メキシコ)2.13.04
2、ベブロ(ポーランド)2.13.42
3、三村徹(カネボウ)2.14.02
4、中島伸(NEC)2.14.26
5、進藤吉紀(エスビー食品)2.14.57
6、大家正喜(佐川急便)2.15.08

43回(1994年) 別大毎日マラソン 成績

1、中富肇(NEC)2.11.28
2、竹内謙二郎(富士通)2.11.39
3、ウルゲ(テクモ)2.11.41
4、キャロル(オーストラリア)2.11.51
5、松本和男(新日鉄化学)2.13.50
6、坂本勝(NEC九州)2.14.44

122 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/03 03:13
44回(1995年) 別大毎日マラソン 成績

1、キャロル(オーストラリア)2.09.39
2、フライガング(ドイツ)2.10.12
3、サントス(ブラジル)2.11.14
4、石本孝幸(旭化成)2.11.44
5、福田正志(ヤクルト)2.12.32
6、許績勝(佐川急便)2.14.35

45回(1996年) 別大毎日マラソン 成績

1、タイス(南アフリカ)2.08.30
2、ドスサントス(ブラジル)2.10.27
3、クイルティー(オーストラリア)2.13.20
4、ド・ハイデン(オーストラリア)2.14.26
5、ボイド(オーストラリア)2.15.05
6、小倉幸康(カネボウ)2.16.00

46回(1997年) 別大毎日マラソン 成績

1、ベラ(エクアドル)2.12.00
2、タイス(南アフリカ)2.13.14
3、勝部和博(ホシザキ電機)2.13.31
4、松本和男(新日鉄化学)2.14.52
5、宗竹隆司(中国電力)2.15.42
6、小倉幸康(カネボウ)2.15.55

123 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/03 03:27
47回(1998年) 別大毎日マラソン 成績

1、清水昭(杵筑東芝)2.09.11
2、本田竹春(ヤクルト)2.12.13
3、島崎貴之(ヤクルト)2.12.46
4、田尻裕一(クロサキ)2.13.04
5、和田洋一(カネボウ)2.14.36
6、ビアルク(ポーランド)2.15.17

48回(1999年) 別大毎日マラソン 成績

1、モレノ(ブラジル)2.09.54
2、森下由輝(旭化成)2.10.13
3、武井隆次(エスビー食品)2.10.24
4、宗竹隆司(中国電力)2.11.06
5、カンディエ(ケニア)2.11.26
6、高尾憲司(旭化成)2.11.31

49回(2000年) 別大毎日マラソン 成績

1、榎木和貴(旭化成)2.10.44
2、カンディエ(ケニア)2.11.28
3、渋谷明憲(カネボウ)2.13.51
4、里内正幸(積水化学)2.13.56
5、柳橋友治(西鉄)2.14.10
6、網崎真二(九電工)2.14.25

124 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/03 03:50
>>120 39回大会で優勝したプシェックは優勝した半年後に、転落死をとげています。

33回大会のコール・フリントによる大逆転も記憶に残っている。
この頃は西村義弘が地元の期待を一身に浴びて、成長著しい頃。
完全に西村が逃げ切ったかに思えたが、ひたひたとフリントが追いかけてきていた。
40キロすぎについにフリントが西村をかわす。
もう西村についていく力が残っていなかった。
この時のタイム、2時間12分26秒は評価された。まだまだ12分台で走る
ランナーは少ない時代だったから、将来を期待されたんだが、。
結局、西村は36回大会で優勝した2時間12分03秒が最高タイムで終ったしまった。
83年の第1回へルシンキ世界選手権マラソン日本代表でもあった。

125 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/03 07:43
>>113

1978年 別府大分毎日マラソン 優勝 宗茂のラップタイム

5km 14.51
10km 29.47(14.56)
15km 44.36(14.49)
20km 59.29(14.53)
25km 1.14.19(14.50)
30km 1.29.30(15.11)
35km 1.45.11(15.41)
40km 2.01.15(16.04)
2.195km (7.50.6)

2時間09分05秒6 (日本最高、世界歴代2位)

126 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/03 07:47
1981年 別府大分毎日マラソン 優勝 宗茂のラップタイム

5km 15.07
10km 30.04(14.57)
15km 44.56(14.52)
20km 59.57(15.01)
25km 1.15.23(15.26)
30km 1.31.28(16.05)
35km 1.48.20(16.52)
40km 2.04.44(16.24)
2.195km (6.46)

2時間11分30秒 (別大2度目の優勝)

127 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/03 08:07
>>124
私は86年別大、児玉の快走を覚えています。
前年、W杯で52位と大惨敗し、順調に成長していただけに児玉自身、
ショックだったはず。その後の別大で期するものがあったようだ。
児玉を中心のレースが展開していたが、30キロ過ぎに児玉がペース
アップ。35キロ、40キロと15分の前半にラップを上げる。
しかし40キロの通過時点で自己ベストと26秒差。
自己ベストは難しいと思われたが、大分県営陸上競技場に入ってから
トラックレースのようにペースを上げる。
ゴール時のタイムは自己ベスト(2時間10分36秒 84年福岡国際)を
2秒最新するものだった。
その後、10月の北京で2時間07分35秒の怪記録樹立へつなげていく。
86年は児玉のベストシーズンといえる。

128 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/03 11:57
>>126
30kmからのペースダウンは別府湾からの強烈な向かい風の影響でしたよね。
宗弟とアメリカの選手がジグザグ走行をしてたの覚えてるなぁ。
この頃は別府国際観光湾ゴールでしたよね。
競技場以外での発着は懐かしい感じがします。

129 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/03 12:02
>>124 西村の他に旭化成の西政幸も期待されてたな。結局、結果残せないで終って
しまった。潜在能力は2時間8−9分で走れるとか云わせてたけどな。

130 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/03 22:48
>>1131989年の別大毎日の宗茂の走り。
もうこの頃は監督業に専念していて、一般参加で別大を走ったと思う。
入りの5kmが遅くて、大集団になっていたが
CM明けの画像でいきなり宗茂が集団を引っ張っていた。
30kmを過ぎてからは相当苦しそうだったが、一時「優勝するのでは」と
思うほどの走りだった。
清水のスパート時まで健闘。最後はタバクに抜かれて5位だったが、
主要大会で見せた宗茂の最後のパファーマンスだった。

131 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/04 01:59
>>130
96年の別大での宗猛(当時43歳)の走り(2時間16分台)も凄いと思った。

132 : ◆Lp8DRikujo :04/05/04 02:02
>>131
そうなるとエスピノサはやっぱしスゲェよ。

133 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/04 05:58
80年代の別大だと85年の谷口の優勝かな。
日体大でてから初マラソンだったけど、招待選手の中ではあまり期待されてなかった。
この時は、西村(新日鉄大分)や森口(神戸製鋼)あたりの方が期待があった。
前半、84年の東京国際で10位に入ったバンデルベネット(ベルギー)が抜け出し
たが、集団は追わなかった。30キロ手前までバンデルベネットがリードした
と思う。その後、谷口と西村が追いかけた。谷口は箱根の山下りの時に見せた小気味いい
ピッチ走法で西村と併走して30キロから35キロがたしか15分前半に上げてきた
と思う。もう西村は谷口についていけなくてあっさり後退。
終盤は小沢欽一(神戸製鋼)の持っている初マラソン日本最高(2.13.10)を
破れるか石井アナが紹介していた。ラストでペースダウンして結局、6秒及ばなかった
が、初マラソン初優勝だった。

134 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/04 09:38
新人の登竜門といわれた別大ですが五輪選考会になった事はありますか?    

135 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/04 10:32
>>129
西政幸(旭化成) マラソン成績 (1992年まで)

1、(4位)2時間14分31秒 85年12月 防府読売
2、(7位)2時間16分59秒 86年3月 びわ湖毎日
3、(6位)2時間11分10秒 86年10月 北京国際
4、(2位)2時間12分27秒 87年2月 別大毎日
5、(22位)2時間20分51秒 87年9月 ローマ世界陸上
6、(22位)2時間15分33秒 87年12月 福岡国際
7、(2位)2時間15分32秒 88年3月 びわ湖毎日
8、(優勝)2時間17分11秒 88年9月 北海道
9、(11位)2時間13分21秒 88年12月 福岡国際
10、(8位)2時間18分43秒 89年3月 東京国際
11、(25位)2時間22分13秒 89年12月 福岡国際
12、(5位)2時間13分17秒 90年2月 別大毎日
13、(?位)90年 北海道
14、(7位)2時間11分27秒 91年2月 東京国際
15、(7位)2時間13分25秒 92年2月 東京国際

136 :125:04/05/04 14:13
>>127
1986年 別府大分毎日マラソン 優勝 児玉泰介のラップタイム

5km 15.35
10km 31.10(15.35)
15km 46.44(15.34)
20km 1.02.17(15.33)
25km 1.17.57(15.40)
30km 1.33.27(15.30)
35km 1.48.38(15.11)
40km 2.04.01(15.23)
2.195km(6.33) 2時間10分34秒

>>130
1989年 別府大分毎日マラソン 5位 宗茂のラップタイム

5km 15.48
10km 31.44(15.56)
15km 47.08(15.24)
20km 1.02.28(15.20)
25km 1.18.09(15.41)
30km 1.33.50(15.41)
35km 1.49.50(16.00)
2.195km (6.58) 2時間12分49秒

>>133
1985年 別府大分毎日マラソン 優勝 谷口浩美のラップタイム

5km 15.47
10km 31.47(16.00)
15km 48.08(16.21)
20km 1.04.09(16.01)
25km 1.19.46(15.37)
30km 1.35.11(15.25)
35km 1.50.21(15.10)
40km 2.06.15(15.54)
2.195km (7.01) 2時間13分16秒

皆さん詳しいですね。私はラップタイムだけの記載ですいません。

137 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/04 15:46
小沢欽一は10000の日本記録が28'35"2だった頃に28'38"程度で走っていたトラック
のトップランナー。75年の別府では服部誠のもっていた初マラソン日本最高2時間13分
40秒を30秒弱更新して大いに期待されたが、その後さっぱりだった。モントリオール
直前のニュージーランド合宿にも参加していたと思うが、話題に上らない走りだった。
その後、台頭してきた森口達也が(76-77年くらいの10000のレースで)小沢に競い勝つ
ことがあった。森口はそれが小沢にとっても森口自身にとってもターニングポイントに
なったと語っていた。つまりその信じられない敗戦を境に小沢は全く振るわなくなり、
一方森口は自信をつけてトラックのトップランナーへと成長していった(81年に5000
で日本歴代2位を出す)。

138 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/04 21:24
福岡、東京、別大と話題になってますが、びわ湖毎日マラソンもお願いします。
日本ではいちばん伝統のある大会ですよね。昔から五輪選考会になっていたようですし、
どんな名勝負があったのでしょうか?


139 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/04 23:21
毎日マラソンもサンスポに歴代優勝者のページがある。昔はもっと暑い時期にやって
いたりしたようです。例えば1961年(15回)は浜寺公園ー岸和田の折り返しのコース
で6月25日にやり、暑さと排気ガスで大変だったとのこと。アベベが2位に10分差をつ
けたのですが2時間29分27秒もかかって悪戦苦闘したという記録が残っています。

昔はオリンピック最終選考会のレースだったので4年に一度ドラマがありました。
特に印象に残っているのは72年の選考会(前スレで既出)。また翌年のショーター
の事件は有名ですね。78年は別大のすぐ後で宗兄弟や伊藤も走っています。また
79年の毎日も一線級が沢山走った最後?の大会で宗茂の実力が安定してきたことを
物語っていました。80年代からしばらくは大会自体が低迷しましたが、近年フィス
等外国人選手が記録の出るコースであることを示して、また力のある選手が走るよう
になり現在に至っています。

140 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/05 12:04
>>139 サンスポのHPにいってみたが、どこをあたっていけばでてきますか?
世界と日本の歴代十傑はあったが、どのようにだすのですか?>114のサイトは
自分のパソコンでは表示されなかった。どうしたらいいのか教えてください。

びわ湖は以前は日本の主要マラソンの中では一番渋い面々が出場したが、
最近では日本の有力選手を一番多く集めている。それと引き換えに
春の海外レースに日本選手が参加しなくなったな。
       

141 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/05 13:37
別大とかびわ湖の歴代優勝者出てきました。ありがとサンクス。

142 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/05 14:18
>>138
別大と同じ条件のものを区切って記載します。

35回(1980年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、弓削裕(旭化成)2.14.33
2、阪本峰照(日本鋼管)2.15.24
3、土山泰三(菊川町役場)2.15.50
4、秋枝実男(東洋ベアリング)2.16.03
5、引間金夫(新日鉄八幡)2.16.51
6、立川勝浩(旭化成)2.17.11

36回(1981年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、松尾正雄(九州電工)2.14.38
2、渡辺康徳(九州電工)2.15.00
3、水久保美智千雄(新日鉄八幡)2.16.49
4、河崎輝美(BSタイヤ)2.17.01
5、山田潔(東洋ベアリング)2.17.05
6、田尻辰之(自衛隊体育学校)2.17.09

37回(1982年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、水久保美千雄(新日鉄八幡)2.15.23
2、工藤一良(リッカー)2.17.12
3、弓削裕(旭化成)2.17.50
4、引間金夫(新日鉄八幡)2.18.04
5、菅谷久二(電電東京)2.18.30
6、後藤徳雄(旭化成)2.18.36

143 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/05 14:25
38回(1983年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、川口孝志郎(中京高教員)2.13.22
2、阿部文明(日本電気HE)2.13.41
3、引間金夫(新日鉄八幡)2.14.15
4、秋枝実男(東洋ベアリング)2.14.25
5、片角健一(日本鋼管)2.14.28
6、弓削裕(旭化成)2.14.31

39回(1984年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、岩瀬哲治(リッカー)2.14.24
2、池田重政(ヤクルト)2.14.36
3、須永宏(日本電気HE)2.14.48
4、阿部文明(日本電気HE)2.15.03
5、近藤孝志(ヤクルト)2.15.05
6、松本正(日本電気HE)2.15.25

40回(1985年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、阿部文明(日本電気HE)2.11.04
2、須永宏(日本電気HE)2.11.09
3、野田浩(旭化成)2.11.23
4、千葉照夫(東北日本電気)2.11.56
5、浦川哲夫(九州電工)2.12.14
6、井手健二(九州電工)2.12.32

144 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/05 14:34
41回(1986年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、渋谷俊浩(雪印)2.14.55
2、リー・ジョン・ヒョン(北朝鮮)2.15.39
3、松本正(日本電気HE)2.15.49
4、平岡康生(日新製鋼呉)2.16.06
5、ワキウリ(エスビー食品)2.16.26
6、西本一也(九州産交)2.16.47

42回(1987年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、阿部文明(日本電気HE)2.11.08
2、坂口泰(エスビー食品)2.11.21
3、池田重政(ヤクルト)2.11.57
4、松本正(日本電気HE)2.12.42
5、坪正之(日本電気)2.12.48
6、近藤孝志(ヤクルト)2.12.57

43回(1988年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、瀬古利彦(エスビー食品)2.12.41
2、西政幸(旭化成)2.15.32
3、近藤龍二(旭化成)2.16.15
4、西村義弘(新日鉄大分)2.16.21
5、岩永義次(自衛隊体育学校)2.16.32
6、千葉照夫(東北日本電気)2.16.38

145 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/05 14:37
いぶし銀の味がしますな。
その中で一人異彩を放っているのが瀬古の存在だ。
これは、もう、皆さんご存知の、あのレース。 

146 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/05 14:41
44回(1989年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、小指徹(ダイエー)2.14.31
2、泉宣広(ダイエー)2.15.24
3、牧野典彰(旭化成)2.16.14
4、森田修一(日産自動車)2.16.25
5、西本一也(九州産交)2.17.01
6、瀬上雄然(鈴木自動車)2.17.35

45回(1990年) びわ湖毎日マラソン

1、エルブイク(ベルギー)2.13.03
2、宗猛(旭化成)2.13.58
3、金子尚志(日本電気HE)2.14.02
4、ニャンブイ(タンザニア)2.14.44
5、森田修一(日産自動車)2.15.32
6、上田謙吾(東方金属)2.17.02

147 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/05 15:02
なんかびわ湖の上位入賞者がいちばん「時代を感じる」選手が多い。渋すぎる。

地味だけど86年の渋谷が優勝したレース覚えてるなぁ。
この頃、アジア勢のみの招待で招待選手が2時間20分台なんてのもあった。
そんな中、北朝鮮のリーが優勝候補だった。
84年の福岡国際4位。そして自己ベストが2時間09分26秒と唯一の
サブテンランナー。たしか日本勢以外ではアジア勢初のサブテンだったと
記憶している。
リーはスピードはなく、粘り型。李鳳柱よりもっと小柄で寸胴だった。
終盤までスローペースで一気に渋谷がスピードを上げた。
西本やワキウリ(この時、初マラソン)のようなスピードランナーも
いたが明らかにスタミナ不足。
渋谷は88年の福岡のラストもそうだが、余力を残している時のスピードのキレは
見るものがあった。


148 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/05 17:42
びわ湖に強かったのが85年、87年と優勝した阿部文明だな。
85年にはショーターの大会記録、宇佐美の日本人大会記録を塗り替える大活躍。
88年の瀬古は楽に大会記録を大幅に更新してソウル五輪代表を射止める事を
期待されたが優勝はしたが、記録は期待はずれに終わり、陸連のゴリ押しぶりを
世間に際だせることとなった。    

149 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/05 18:04
びわ湖のショーターの73年樹立の大会記録が85年に阿部に破られるまで12年。   
別大の宗茂の78年樹立の大会記録が91年に森下広一に破られるまで13年。
長かったな。  

150 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 00:36
>>148
85年のびわ湖覚えてる。
中盤まで15分30秒から16分の間で推移していて、折り返してから阿部と川口が
みるみるペースをあげた。15分10秒から20秒前後になったと思う。
その後、終盤をリードしたのが野田浩。ここで九州電工の浦川、井手が集団から離れ、
阿部、須永、野田の優勝争いになった。
阿部が40キロ過ぎてスパート。野田、須永を振り切った。皇子山陸上競技場の手前で
一時、須永が追い上げたが、なんとか阿部が振り切りびわ湖初優勝。4位の千葉までが
73年に作ったショーターの大会記録を最新した。

151 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 01:41
別大やびわ湖の成績を拝見すると、

引間金夫(新日鉄大分)
千葉照夫(東北日本電気)
末吉富夫(カネボウ)
弓削裕(旭化成)
あたりがかなり渋い活躍をしていますね。
たしか共通項は皆、小柄で粘り型だったような気がします。

152 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 07:37
46回(1991年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、ムラシャニ(タンザニア)2.11.34
2、ニャンブイ(タンザニア)2.12.09
3、米重修一(旭化成)2.12.57
4、実井謙二郎(大東大)2.13.27
5、千葉祐一(日体大)2.13.54
6、ボイリュー(カナダ)2.14.25

47回(1992年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、オレイリー(アイルランド)2.13.15
2、近藤孝志(ヤクルト)2.13.21
3、川嶋伸次(旭化成)2.14.22
4、西本一也(九州産交)2.14.59
5、チェ・ヒョン・チョル(北朝鮮)2.15.03
6、松原肇(MDI)2.15.14

48回(1993年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、オレイリー(イギリス)2.11.01
2、ペルスケ(ポーランド)2.11.15
3、タイス(南アフリカ)2.11.40
4、オケムア(ケニア)2.11.47
5、フルク(ポーランド)2.11.57
6、クリサント(メキシコ)2.13.48

153 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 07:47
49回(1994年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、鈴木賢一(富士通)2.11.05
2、田幸寛史(エスビー食品)2.11.35
3、ペルスケ(ポーランド)2.11.52
4、川嶋伸次(旭化成)2.11.53
5、マレマネ(南アフリカ)2.12.10
6、倉林俊彰(YKK)2.12.33

50回(1995年)びわ湖毎日マラソン成績

1、中村祐二(山梨学院大)2.10.49
2、実井謙二郎(日清食品)2.11.27
3、真内明(旭化成)2.11.48
4、谷口浩美(旭化成)2.11.51
5、森川貴生(NKK)2.11.54
6、佐保希(旭化成)2.12.14

51回(1996年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、ピネイロ(ポルトガル)2.09.32
2、ワイナイナ(コニカ)2.10.37
3、メコネン(エチオピア)2.11.55
4、キャロル(オーストラリア)2.12.00
5、ネゲレ(エチオピア)2.12.11
6、田幸寛史(エスビー食品)2.12.24


154 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 07:54
52回(1997年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、フィス(スペイン)2.08.05
2、ツモ(エチオピア)2.09.00
3、ピネイロ(ポルトガル)2.09.11
4、真内明(旭化成)2.09.23
5、花田勝彦(エスビー食品)2.10.02
6、シュベツォフ(ロシア)2.10.58

53回(1998年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、小島宗幸(旭化成)2.08.43
2、フィス(スペイン)2.09.33
3、清水康次(NTT中国)2.09.57
4、三木弘(旭化成)2.10.01
5、小島忠幸(旭化成)2.12.43
6、池田克美(NEC)2.14.23

54回(1999年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、フィス(スペイン)2.08.50
2、藤田敦史(駒澤大)2.10.07
3、ガイドス(ポーランド)2.11.37
4、松田和宏(佐川急便)2.12.25
5、田尻裕一(クロサキ)2.13.03
6、千葉信彦(雪印)2.14.09

155 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 08:16
55回(2000年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、フィス(スペイン)2.08.14
2、川嶋伸次(旭化成)2.09.04
3、武井隆次(エスビー食品)2.09.23
4、佐藤敦之(早稲田大)2.09.50
5、松田和宏(佐川急便)2.10.24
6、山本泰明(営団地下鉄)2.10.44

56回(2001年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、ペーニャ(スペイン)2.07.34
2、レオーネ(イタリア)2.07.52
3、油谷繁(中国電力)2.07.52
4、森下由輝(旭化成)2.07.59
5、帯刀秀幸(富士通)2.08.52
6、ボル(ケニア)2.09.27

57回(2002年) びわ湖毎日マラソン 成績

1、武井隆次(エスビー食品)2.08.35
2、ウァーディ(フランス)2.09.00
3、キプロプ(ケニア)2.09.08
4、諏訪利成(日清食品)2.09.10
5、浜野健(トヨタ自動車)2.09.18
6、岩佐敏弘(大塚製薬)2.10.17

156 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 08:36
アルツーロ・バリオス(メキシコ)
ワダジョ・ブルチ(エチオピア)
サルバトーレ・アンティボ(イタリア)

1万のランナー。皆、27分20秒台だったと思う。

157 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 08:38
びわ湖はショーターの頃は皇子山から瀬田の唐橋を経て浜街道に入り、草津
折り返しだった。(その前にはびわ湖大橋を渡ったこともあるという話を聞
いたこともあるが)80年前後に近江大橋ができたときは近江大橋を渡って
いたが、勾配もあるし強風にあおられて選手がしんどそうだったのですぐに
やめた。小柄な弓削が風でよれていたのが印象的。瀬田の唐橋に戻った時期
もあったような気もするが南郷の洗堰に向かうコースに変更して記録がでる
ようになった。しかし何と言ってもドラマがあったのは瀬田の唐橋を使って
いた頃のような気がする。起伏のないコースで記録を出しても評価につなが
らない。

158 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 08:39
>>156

おー懐かしい。
バリオスとブルチはマラソン走ったな。
アンティボはマラソン出場したのかな?

159 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 08:46
>>15247回大会(びわ湖毎日)のオレイリーの捲くりも印象的。
どしゃ降りのなか、近藤が逃げをうって、後続と差が開いた。
優勝間違いないと思われたが、後続からハイピッチでオレイリーが追い込んできた。

このような、昔ながらのレース展開を見てたのもびわ湖の醍醐味だった。
もう昨今のペースメーカーのレースではなさそうだ。淋しい気もするが。

160 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 08:59
>>152>>159 92年の47回大会が自分も印象的。
最後の最後で皇子山競技場で近藤がオレイリーにつかまっちゃったな。
何かあの時はタメ息というか、人生の悲哀というか、サラリーマンの悲哀というものを
感じたな。
近藤孝志というキャラがいかにも名も無き日本サラリーマンというものを
表現していたな。       

161 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 09:11
男子マラソン世界歴代30傑(1991年2月まで)

1、2.06.50 デンシモ(エチオピア) 88ロッテルダム
2、2.07.07 サラ(ジブチ) 88ロッテルダム
3、2.07.12 ロペス(ポルトガル) 85ロッテルダム
4、2.07.13 Sジョーンズ(イギリス) 85シカゴ
5、2.07.35 児玉泰介(日本) 86北京
5、2.07.35 メコネン(エチオピア) 88北京
7、2.07.40 谷口浩美(日本) 88北京
8、2.07.51 ド・キャステラ(オーストラリア) 86ボストン
9、2.07.57 伊藤国光(日本) 86北京
10、2.08.01 イカンガー(タンザニア) 89ニューヨーク
11、2.08.04 シンク(南アフリカ)86ポートエリザベス
12、2.08.08 ジャマ(ジブチ) 85シカゴ
13、2.08.15 中山竹通(日本) 85W杯広島
13、2.08.15 ムトロ(南アフリカ) 86ポートエリザベス
15、2.08.16 モネゲッティ(オーストラリア) 90ベルリン
16、2.08.19 ボルディン(イタリア) 90ボストン
17、2.08.27 瀬古利彦(日本) 86シカゴ
18、2.08.32 シャハンガ(タンザニア) 90ベルリン
19、2.08.33 スペディング(イギリス) 85ロンドン
20、2.08.33.6 クレイトン(オースストラリア) 69アントワープ
21、2.08.43 フセイン(ケニア) 88ボストン
22、2.08.44 ブルチ(エチオピア) 88ロッテルダム
23、2.08.47 ペーター(ドイツ) 88東京
24、2.08.51 サラザール(アメリカ) 82ボストン
25、2.08.53 ベアーズレー(アメリカ) 82ボストン
25、2.08.53 森下広一(日本) 91別府大分
27、2.08.55 宗猛(日本) 83東京
28、2.08.57 クルス(メキシコ) 88シカゴ
29、2.08.58 プラーティエス(南アフリカ) 85ポートエリザベス
30、2.08.59 ディクソン(ニュージーランド) 83ニューヨーク

162 :161です:04/05/06 09:16
この1991年2月までが世界で30人「2時間9分切り」をしている。
世界で超一流の証が9分以内であった時代の世界歴代30傑。
この頃は日本勢が7人ランキングイン。
世界でいちばん多くランキングしている国であった。

世界的に90年代初頭は記録停滞の頃。なかなか世界歴代10傑の
変動が少なかった時期です。

163 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 09:47
>>161
>>162
1988年 ロッテルダムマラソン デンシモ(エチオピア)のラップタイム

5km 15.05
10km 30.05(15.00)
15km 45.06(15.01)
20km 1.00.12(15.06)
25km 1.15.12(15.00)
30km 1.30.13(15.01)
35km 1.45.22(15.09)
40km 2.00.20(14.58)
2.195km (6.30)
2時間06分50秒

1985年 ロッテルダムマラソン ロペス(ポルトガル)のラップタイム

5km 14.58
10km 30.04(15.06)
15km 45.29(15.25)
20km 1.00.10(14.41)
25km 1.14.57(14.41)
30km 1.30.01(15.04)
35km 1.45.14(15.10)
40km 2.00.34(15.20)
2.195km (6.38)
2時間07分12秒

164 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 13:32
>>143
84年のびわ湖の岩瀬(リッカー)のスパート。
5人くらいの集団でポーンと出たんだよな。

池田重政もびわ湖ではがんばってた印象。

165 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 13:37
>>161この顔ぶれはほとんど日本でマラソン走ったことがある面子だね。
南アフリカの選手以外は来日しているのじゃないか?
昔は一流選手が日本で瀬古などの日本勢に挑戦をしに来てた。


166 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 13:58
>>161 異色なのはちょうど最後に出てくるロッド・ディクソン。ミュンヘン
オリンピックの1500mの銅メダリストで74年の英連邦で3位になったときの
記録は世界記録に僅かに及ばない当時歴代4位の記録だった(といっても上
に2人いて、おまけに2人が世界記録を上回ったので失望は大きかったかも
しれない)。自国に1マイルで初めて3分50秒を切ったウォーカーがいた
こともあってモントリオールでは1500を捨てて5000にかけるもビレン、
クァックスに及ばず、下半身は3番目にゴールを駆け抜けたが、最後に転倒
したヒルデンブランドがトルソの部分のゴール順で及ばず4位。その後に
マラソンまで距離を伸ばし、ロスのダークホースと思ったが不発だった。

167 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 19:12
日本だけでなくて海外に目を向けて見ますと伝統のボストンマラソンがありますが
歴代優勝者とかわかりますか?日本勢のボストン挑戦の歴史とか教えてください。    

168 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 19:52
>>167
ttp://www.worldhistory.com/wiki/L/List-of-winners-of-the-Boston-Marathon.htm

169 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 19:55
ttp://www.townonline.com/marathon/history/
の方が読み物としても記録性の面でも優れている。

170 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 22:45
ボストンは80年代の半ばに本当の市民マラソンになる危機があった。
伝統とプライドで賞金レースを拒んでいたからだ。
優勝記録が2時間14分くらいにまで下落し、
(その頃、イギリスのジェフ・スミスが活躍)
(85年大会は2位が2時間19分にもなっていた。)
あわてた大会関係者が翌年から賞金レースを設定。表立った初代のレースが
86年のキャステラの優勝の時だったと思う。この時、10位に入った
伊藤国光がいくらか賞金を獲得したのも話題になっていた。

ボストンはあの「心臓破りの坂」があるから魅力のコースなんでしょうね。
平坦コースは記録がでても記憶に残らないコースが多いです。


171 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 22:54
>>170
86年の大会はテレ東で中継があって、キャステラの久しぶりの快走を
見る事ができた。
しかしそれよりも4位に入ったビル・ロジャースが印象的。
この頃は30台後半に差し掛かっていて上位入賞するとは思いもしなかった。
「ボストンの申し子」ロジャースに物凄い声援が上がっていたのを思い出した。
たしか解説の宇佐美がしきりにロジャースの健闘を称えていた。

172 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/06 23:33
ボストンマラソンといえば山田敬蔵さんの存在を忘れてはならないよ。
当時の方が、現代より日本選手がボストンで活躍していた。      

173 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/07 04:37
ボストンマラソン
60年代ー日本勢が上位を独占した年もある通り、日本勢の活躍が目を引いたが、
この頃は福岡国際マラソンの方が格上の大会。海外の強豪は「目標、福岡」で日本の
レース参加を第一としていた。(ボストンと福岡の時期は違うのだが)
60年代の日本勢の層の厚さを考えれば、外国勢の参加メンバーを考えてもこのような
成績は当然のように思われた。

70年代ー日本勢の不振もありボストンではほとんど勝利できなかった。
ロジャース他、アメリカ勢の活躍によりボストンの地位が回復した感じがした。

80年代ー層の厚いアメリカ勢の中で、瀬古の活躍は(79,81,87年)
日本人歴代優勝者の中でもいちばんに評価できるものであった。
中山は無念の途中リタイア(89年)

90年代以降ー谷口が優勝を狙って走ったが念願達成できず。その後ふたたび
日本勢の不振が長期化。今はなかなか上位に入賞することができないでいる。


174 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/07 06:45
天才、中尾隆行を語れなければマラソン通とは言えますまい。

175 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/07 12:07
中尾隆行は日本人で初めて2時間20分をきったランナーだよな。  

176 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/07 16:50
>>172
>>174
>>175
山田敬蔵、中尾隆行、または田中茂樹、広島庫夫、浜村秀雄、貞永信義など
1950年代に活躍したランナーはここではほとんどリアルタイムで語る事は
できないようです。
なんとか記憶を溯って寺沢、君原くらいは語る事はできると思いますが。
特にここで話されてる方達は、ご自分の体験で語られてる方が多いようですから。

書物を読んでの推測ですが、50年代までのボストンマラソンは世界的にも
大変大きな大会だったように思います。しかし海外レースをするにも移動が
大変な時代ですから、世界の強豪が一堂に集結するのは難しかったと思います。
田中、山田を語る上でボストンマラソン優勝がほとんどなので、それだけ価値の
ある優勝だったと思います。少なくとも60年代のボストンよりは質が高かった
と思われます。

中尾隆行が日本人初の2時間20分突破ということは、ちょうどこの50年代
の日本マラソンのレベルは今の日本女子マラソン界と同じくらいの水準だったの
かも知れませんね。

177 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/07 17:17
久しぶりに拝見。
ボストンマラソンは88年が面白かった。
フセイン、イカンガー、トレーシー、それとボルディン、ポリのイタリア勢が
集団を形成してたが、フセインとイカンガーが抜け出した。
最後のボストン図書館前までの直線でイカンガーとフセインの競り合いは
見物だった。
結局、フセインがイカンガーを振り切った。フセインはその前に
ホノルルマラソンに優勝していて力があるといわれていた。しかしケニアが主要
マラソンで優勝するのにはビックリした。この頃はエチオピアはマラソン王国
だったのに対して、ケニアはマラソンは、全然走れていなかった。トラックから
マラソンに転向する選手も少なかっただけに、ケニアの選手が最後までスタミナ
切れしなかったのに驚いた。
それが今となってみたら。。。ケニア一色になってしまったが。(賞金の影響が
大きいのだけれど)

トレーシーもロス五輪後、なかなか自己記録を最新できなくて、五輪はフロックと
思われていた矢先だけに、なんとか存在感は残した。
このレース、Sジョーンズが惨敗。初めてSジョーンズがマラソンで惨敗する
のを見た気がした。

178 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/07 20:53
ボストンでは52年に朝鮮戦争中のはずなのに韓国人が優勝している


179 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/07 21:18
>>168-169 168と169は英語ですか?誰か日本語で内容をおしえて。
当時は船で海外に行った時代だから、すごい長旅ですね。
海外で優勝、しかもアメリカのボストンで優勝というのは、当時の時代背景とかも
含めて、すごいニュースだと思います。

180 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/07 23:21
ボストンの成績を見ると、80年代後半から90年代前半にかけて
イカンガーの活躍は凄いな。その合間に日本でも走ってるわけだしな。
長きに渡って第一線で走って、なおかつ1年に数本のレース参加。
イカンガーも世界では歴代名ランナーの一人に挙がる選手だ。

181 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/07 23:25
>>178
ダグラス・ワキウリとイブラヒム・フセインの活躍がケニアマラソンの
始まりではないか。それとヌザウの存在も忘れてはいけない。
ロス五輪7位。ケニア初のサブテンランナー。

182 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/08 00:11
>>180
イカンガーは2時間8分台を6回出してるんだっけ。
あと、黒人選手初のサブテンランナーだっけ。
俺の周りでマラソン観ない奴等も、外人選手でイカンガーだけは知ってるから、
イカンガーは記録に残る、かつ記憶に残る偉大な選手だな。


183 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/08 10:19
イカンガーは最初は瀬古の仇役、引き立て役だったが、
何度も来日している間に、人気ランナーになり、
日本のファンの間にも、イカンガーには勝たせてやりたいという機運が高まり
東京、福岡で優勝した。    

184 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/08 12:35
>>183
イカンガーはあの難コース、ニューヨークで2時間8分01秒を記録。
ということは潜在能力としては2時間7分台は出せる力は十分あった。

>>167
1990年のボルディンの独走は驚いた。
ボルディンて夏は強いが冬マラソンでタイムだせるランナーに思えなかったから。
好調イカンガーを途中で振り切って後半は独走だった。
2時間8分19秒は今でいうと、比べるのは難しいけどマイナス2分くらい
(2時間6分19秒)の価値があるのではないか。

考えてみればオリンピックになるとケニアなどのアフリカ勢よりも
スペイン、イタリアあたりの南ヨーロッパの選手がきっちり走ったりしている。


185 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/08 13:00
今、海外マラソンというと
ボストン
ロンドン
ロッテルダム
シカゴ
ベルリン
アムステルダムなどがありますが、80年代くらいまではボストンや
ニューヨークの他にどのような大会が権威のある大会だったのでしょうか。

186 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/08 13:55
イカンガーのボストン3年連続2位というのも笑える

187 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/08 14:44
>>185 TVでは北京をTBS、テレ朝ではパリを生中継していたな。
特に北京は「記録製造コース」の異名?をとっていた。   

188 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/08 14:54
>>185
ウィンザーとかコチシュとかはもう80年代にはなかったし
ベルリンは最初マイナーだった。
そうなるとやはり日米のマラソンがメジャーだったという事になるが・・・

189 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/08 15:17
>>184 ロッテルダムは1983年に当時2強と言われたサラザール、キャステラ
の他、ロペス等の超豪華メンバーを集めて世間をあっと言わし、85年と88年に
はロペスとデンシモが世界最高を出すなど80年代の世界をリードした。

シカゴは1984年にスティーブ・ジョーンズが世界最高で走り、その翌年には
女子3強の歴史に残るレースと男子でもジョーンズがロペスの記録に後1秒
と迫る大記録を出し高速レースの評価が定まった。しかし瀬古優勝の翌年に
は中止になるなど財政状況が安定せず運営的には近年まで苦しい状態が続いた。

ロンドンは81年からだからウィンザーを廃止するのと抱き合わせで開催になった
可能性が強い。2回目には早くもヒュー・ジョーンズが2時間9分24秒で走り
5回目には世界記録を前年秋にだしたスティーブ・ジョーンズが2時間8分16秒
で走っている。また85年の女子では14年に渡って世界記録に君臨する
クリスチャンセンの記録もでて評価は定まったと思われる。

190 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/08 15:31
コシチェマラソンはどんなレースが行われていたのですか?
スロバキアという、どちらかというと地味な国での大会ですが、
ボストン、ウィンザーと並ぶ、世界3大マラソンの評価があったというのは
なぜ?ですか?    

191 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/08 19:47
>>190 もちろん日本のマラソンの方が格が高い。不振を極めた77年にも宗猛
が優勝できるほどレベルは高くなかった。70年代前半迄は単にマラソンは人気
がなかったので日本以外のマラソンは全くと言っていいほど不振だった。殆ど
動きがないスポーツで2時間以上かかるのでテレビ向きでないと考えられて
いた。(今も欧米では陸上の10000は時間がかかりすぎるのでどんどんレースが
減っている)。英連邦諸国では強い選手も出てそこそこ人気があったと思うが、日本
とは人気の面で比較にならなかったと思う。だからこそ福岡を世界選手権かわりに
位置づけたのではないだろうか。

消費大国アメリカのショーターが世界一になり、70年代半ばにジョギングブームが
世界的に流行し、ロジャース、サラザールが活躍したことが今日の隆盛につながった
と思う。ヨーロッパのメジャーマラソンは殆どが80年代に開かれアメリカの
流行を追随している。

192 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/08 23:07
>>189

1984年 シカゴマラソン Sジョーンズ ラップタイム

5km 15.18
10km 30.17(14.59)
15km 45.18(15.01)
20km 1.01.01(15.43)
25km 1.16.29(15.28)
30km 1.31.49(15.20)
35km 1.46.40(14.51)
40km 2.01.26(14.46)
2.195km (6.39)
2時間08分05秒 (当時 世界最高記録)

193 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/08 23:47
イカンガーとかメコネンとかバルチャとか
昔はへんな名前の外人が多かったな。

194 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/08 23:49
>>191
そう考えると日本の大会(特に福岡国際)は本当に価値のある大会だったんですね。

前に宗兄弟が語っていた中で、初マラソンで好成績を残して、意気揚々に
福岡国際に乗り込んだが、あまりのハイペースで後半スタミナ切れ。
40キロを通過した後に、競技場からショーターが優勝ゴールする
ポーン、ポーンと上がる花火を見て「福岡はぜんぜんレベルが違うな」と思った
そうです。

195 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/09 00:00
>>194
特にショーターは前半型で、あの当時でも5kmのラップ、14分台から
入るレース展開を実施していた。

196 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/09 08:00
>>169
1983年のボストンマラソンは男女とも10位までアメリカが独占だ。
この83年くらいまでがアメリカにおけるマラソン王国の頂点の時期みたいだな。

197 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/09 08:39
>>133
初マラソン 日本歴代10傑

1 藤原 正和 中央大学 2時間08分12秒 03年びわ湖
2 森下 広一 旭化成 2時間08分53秒 91年別府大分
3 五十嵐範暁 中国電力 2時間09分38秒 98年福岡
4 高岡 寿成 カネボウ 2時間09分41秒 01年福岡
5 佐藤 敦之 早稲田大学 2時間09分50秒 00年びわ湖
6 三木  弘 旭化成 2時間10分01秒 98年びわ湖
7 藤田 敦史 駒澤大学 2時間10分07秒 99年びわ湖
8 早田 俊幸 鐘紡 2時間10分37秒 92年東京
9 佐藤 洋平 カネボウ 2時間10分43秒 03年別府大分
10 油谷  繁 中国電力 2時間10分48秒 00年びわ湖


198 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/09 09:09
>>193
今もケニアはすごいぞ
ツル、ロバ、クマ


199 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/09 09:32
>>198 エチオピアでは?

>>197 ほとんどが故障で苦しんでいるな。   

200 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/09 10:51
>>197
8位と9位の間に細川道隆 大塚製薬 2時間10分38秒 04年東京

201 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/09 13:15
>>194
宗兄弟の主な福岡国際、ラップタイム

宗茂 78年福岡 3位
5km 15.19
10km 30.26(15.07)
15km 45.36(15.10)
20km 1.00.50(15.14)
25km 1.16.15(15.25)
30km 1.31.48(15.33)
35km 1.47.30(15.42)
40km 2.04.04(16.34)
2.195km(7.37)2時間11分41秒

宗茂 83年 福岡国際 3位
5km 15.18
10km 30.37(15.19)
15km 45.53(15.16)
20km 1.01.30(15.37)
25km 1.16.40(15.10)
30km 1.31.54(15.14)
35km 1.47.12(15.18)
40km 2.02.35(15.23)
2.195km(6.36) 2時間09分11秒

202 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/09 13:24
宗猛 79年福岡国際 3位
5km 15.25
10km 30.58(15.33)
15km 46.19(15.21)
20km 1.01.45(15.26)
25km 1.17.17(15.32)
30km 1.33.09(15.52)
35km 1.48.32(15.23)
40km 2.03.55(15.23)
2.195km(6.45) 2時間10分40秒

宗猛 81年 福岡国際 5位
5km 15.31
10km 30.31(15.00)
15km 45.29(14.58)
20km 1.00.31(15.02)
25km 1.15.53(15.22)
30km 1.31.16(15.23)
35km 1.47.06(15.50)
40km 2.04.03(16.57)
2.195km(7.26) 2時間11分29秒

宗猛 83年 福岡国際 4位
5km 15.18
10km 30.37(15.19)
15km 45.55(15.18)
20km 1.01.30(15.35)
25km 1.16.40(15.10)
30km 1.31.55(15.15)
35km 1.47.12(15.17)
40km 2.02.32(15.19)
2.195km (6.45) 2時間09分17秒

203 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/09 17:41
昔ダンカンが自分の息子にイカンガーって名前を付けようとしたことがある。

204 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/09 19:22
>>201-202 83年の福岡国際は宗茂が終盤に遅れて、五輪代表落ちかと思われたが
いつのまにか3位でゴールしたのには驚いた。 

205 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/09 19:26
当時のマラソンは、瀬古、宗兄弟、イカンガーの4人が、いつも一緒にでていた記憶がある。 

206 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/10 00:22
イカンガー、常に先頭集団の一番前を走っていたな。
その頃は「ラビット」という言葉は一般的に通用しなかった時代だったな。
古き良き時代だった。

207 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/10 09:11
宗兄弟 福岡国際 対戦成績

73年 8回 福岡国際 (茂)18位 (猛)7位
74年 9回 福岡国際 (茂)16位 (猛)11位
75年 10回 福岡国際 (茂)16位 (猛)6位
76年 11回 福岡国際 (茂)4位 (猛)19位
77年 12回 福岡国際 (茂)52位 (猛)9位
78年 13回 福岡国際 (茂)3位 (猛)15位
79年 14回 福岡国際 (茂)2位 (猛)3位
80年 15回 福岡国際 (茂)5位 (猛)2位
81年 16回 福岡国際 (茂)3位 (猛)5位
83年 18回 福岡国際 (茂)3位 (猛)4位

( 5勝5敗 )

73年のデビューから77年まで宗猛>宗茂
78年から83年宗茂>宗猛
84年から87年(宗茂引退)まで宗猛>宗茂
デビュー当時は兄弟でも練習グループが別だったらしく、宗猛の方がガンガン練習を
していた模様。
78年の別大の怪記録からロスまでは兄・茂の貫禄勝ち
ロス以降はロスで実績を作った猛と力が落ちてきた茂の力関係が逆転。
こんな流れではなかったかな。

208 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/10 10:08
>>207 宗茂は思いっきりの良さからくる勝負勘があった。宗猛は緻密に練習
計画を練り上げてきて脚を作ってくる感じだった。茂は猛の練習計画を見て
即座に「これとこれを一緒にやるわ」と判断して後は適当にやっていたらしい。

モントリオールのときは2人とも調整の失敗があった。猛は年末の福岡で好走
し、ニュージーランドの合宿でも調子が良かったが、そこから調子が急降下して
最終選考会のびわ湖ではスタートラインに立つことすらできなかった。茂も本番
では寒くて体が動かず勝負にならなかった。

しかしやはり不思議なのは77年の福岡でブービーを取って僅か2ヶ月後に
驚異の快走をした茂。それまでのベストは76年の福岡でようやく15分を切った
程度だったのが、その後は大体まとめてうまく走っていたし、ここという時は
ロス五輪以外では結果を出してきた。広島のワールドカップはあかんかった
かもしれないが。何がそこまで茂を変身させたのか。

209 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/10 11:40
そういえば、ラビットっていつごろ生まれたんだろう?


210 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/10 12:48
>>209
正式なラビットが認められたのは90年代からだと思うけど、
85年ロッテルダムでのロペスの世界最高はベルギーのルソーや
ベーゲマンあたりがラビットをしていた。
しかしその前年のシカゴのSジョーンズの世界最高はケニアの
カマウが引っ張ったがペースメーカーではなかった。(4位2.10.05)
この84−85年前後、ロッテルダムやロンドンあたりが出てきた頃
からではないかなぁ。
88年のデンシモの時は既出でラップタイムがでていたが、15分での
平均ペースになっている。
何か補足できる方お願いします。

211 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/10 13:07
宗兄弟VS瀬古 対戦成績

77年 12回福岡国際 (茂)52位 (猛)9位 (瀬古)5位
78年 13回福岡国際 (茂)3位 (猛)15位 (瀬古)優勝
79年 14回福岡国際 (茂)2位 (猛)3位 (瀬古)優勝
80年 15回福岡国際 (茂)5位 (猛)2位 (瀬古)優勝
83年 03回東京国際 (茂)10位 (猛)2位 (瀬古)優勝
83年 18回福岡国際 (茂)3位 (猛)4位 (瀬古)優勝
84年 23回ロス五輪 (茂)17位 (猛)4位 (瀬古)14位

茂 0勝7敗
猛 1勝6敗
宗兄弟が瀬古に勝てそうだったのが79年の福岡国際。宗猛が仕掛けて
瀬古が離れる最初で最後のレース展開。宗兄弟と瀬古との差が開いたんだが。。

唯一の勝利がロス五輪。これが最後の対決でもあった。その後、中山が台頭。
瀬古との比較は中山に移っていった。

212 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/10 13:20
瀬古VS中山

83年 18回 福岡国際 (瀬古)優勝 (中山)14位
88年 24回ソウル五輪 (瀬古)9位 (中山)4位

1勝1敗
瀬古と中山は全盛期にズレがある。瀬古は78年から83年くらい
中山は84年から87年あたりか。
その為、前レースは瀬古の力が上。後レースは中山の力が上。
87年の福岡国際での直接対決を見てみたかったが、中山の全盛期だけに
やはり瀬古不利だったのではないかと思う。ただレース展開に変化があったかも
しれない。(中山があそこまで前半飛ばせたかどうか。)

213 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/10 13:47
宗兄弟VS伊藤国光

76年 31回大津毎日 (茂)== (猛)38位 (伊藤)46位
76年 11回福岡国際 (茂)14位 (猛)19位 (伊藤)12位
78年 27回別府大分 (茂)優勝 (猛)2位 (伊藤)3位
78年ミルトンケーネス (茂)4位 (猛)優勝 (伊藤)3位
78年 13回福岡国際 (茂)3位 (猛)15位 (伊藤)11位
79年 34回大津毎日 (茂)優勝 (猛)4位 (伊藤)5位
79年 モスクワプレ五輪 (茂)2位 (猛)10位 (伊藤)8位
79年 14回福岡国際 (茂)2位 (猛)3位 (伊藤)8位
80年 15回福岡国際 (茂)5位 (猛)2位 (伊藤)3位
81年 16回福岡国際 (茂)3位 (猛)5位 (伊藤)2位
83年 18回福岡国際 (茂)3位 (猛)4位 (伊藤)6位
85年 01回W杯広島 (茂)17位 (猛)8位 (伊藤)77位
87年 17回福岡国際 (茂)== (猛)棄権 (伊藤)17位

茂VS伊藤 7勝4敗
猛VS伊藤 8勝5敗
この3人のハイライトは>>204さんがご指摘の83年福岡国際。
ロス五輪代表選考会でイカンガースパートの後、第二集団で伊藤、宗猛、サラザール
の3人に。宗茂は脱落。この段階で宗茂の五輪代表は潰えたと思われた。
その後、茂の脅威の追い込みで伊藤が脱落。この頃の選考会は福岡1本化で代表争いの醍醐味を
見る事ができた。
4年後、87年の福岡では茂引退、猛途中棄権、伊藤惨敗と3人の時代が終焉を迎えた
感じを受けた大会でもあった。

214 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/10 13:59
>>212
瀬古と中山の直接対決が少ないのはロス五輪以降、瀬古は海外の賞金レースばかり出て
国内のレースにほとんど出なくなったため。
実際には瀬古はこの頃すでに中山にはどうやっても勝てないと悟っていたため
あえて直接対決を避けたのではないかと思われる。

215 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/10 14:10
>>214 そのころは日本のエースが中山で、瀬古は大御所的な扱いか?
巨人の投手にあてはめると 中山=上原 瀬古=桑田 という感じか?

216 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/10 14:25
もしこの時代に2ちゃんがあったら瀬古ヲタと中山ヲタとの凄まじいバトルが見られたであろう

217 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/10 14:39
>>213 表がずれているか写し間違っているよ。例えば76年の大津毎日は
猛が走らず、茂が3位。同年の福岡も茂が4位。77年がないのも?。


218 :213:04/05/10 15:49
<<217
私の持っている資料が間違っているのかもしれませんが、

76年 4月18日 31回大津毎日マラソン
3位 宗茂 2時間18分05秒(モントリオール五輪代表権獲得)
38位 宗猛 2時間29分32秒
46位伊藤国光2時間31分05秒(初マラソン)

たしか私の記憶ではモントリオールの最終選考会は宗猛も走った記憶があるのですが。。

76年の福岡国際は14位ではなく4位の間違いでした。
77年の福岡国際は伊藤国光が欠場。


219 :213:04/05/10 16:12
伊藤国光VS喜多秀喜

78年 27回別府大分 (伊藤)3位 (喜多)5位
78年ミルトンケーネス(伊藤)3位 (喜多)優勝(宗猛と同着扱い)
78年 13回福岡国際 (伊藤)11位 (喜多)2位
79年モスクワプレ五輪 (伊藤)8位 (喜多)48位
79年 14回福岡国際 (伊藤)8位 (喜多)41位
80年 15回福岡国際 (伊藤)3位 (喜多)15位
81年 16回福岡国際 (伊藤)2位 (喜多)14位
82年 17回福岡国際 (伊藤)4位 (喜多)2位
83年 18回福岡国際 (伊藤)6位 (喜多)7位
84年 04回北京国際 (伊藤)2位 (喜多)優勝
84年 19回福岡国際 (伊藤)5位 (喜多)55位
85年 20回福岡国際 (伊藤)3位 (喜多)棄権
88年 23回福岡国際 (伊藤)20位 (喜多)5位

伊藤VS喜多 8勝5敗
伊藤と喜多は同世代にマラソンを走ったいるが、思ったよりも終盤競った事がない。
安定感のある伊藤に比べて、スピードランナーにありがちな諸刃の剣を
持っていた喜多はスタミナ切れを起こすと大惨敗をしていた為。
そんな中で84年の北京国際が唯一の2人での優勝争い。この時はラストの切れで
一枚上手な喜多が伊藤を振り切って優勝。
伊藤が優勝経験がないのに対し、喜多はラスト勝負で4勝している。

220 :213:04/05/10 16:22
中山竹通VS谷口浩美

86年 06回東京国際 (中山)4位 (谷口)7位
86年 10回アジア大会 (中山)優勝 (谷口)2位
87年 07回東京国際 (中山)2位 (谷口)優勝
87年 22回福岡国際 (中山)優勝 (谷口)6位
91年 03回東京世陸 (中山)棄権 (谷口)優勝
92年 25回バルセロナ五輪 (中山)4位 (谷口)8位

中山VS谷口 4勝2敗

マラソンの走力的には中山の方が上回っていた感が否めないが、
中山に勝った谷口の2勝はとても印象に残るものとなった。
88年以降は中山の力の下降と谷口の安定感に磨きがかかり
谷口>中山の評価が一般的ではなかったか。
マラソン勝利数では中山4勝、谷口7勝になっている。

221 :213:04/05/10 16:31
訂正しておきます。

宗兄弟VS伊藤国光

76年 31回大津毎日 (茂)3位 (猛)38位 (伊藤)46位
76年 11回福岡国際 (茂)4位 (猛)19位 (伊藤)12位
78年 27回別府大分 (茂)優勝 (猛)2位 (伊藤)3位
78年ミルトンケーネス (茂)4位 (猛)優勝 (伊藤)3位
78年 13回福岡国際 (茂)3位 (猛)15位 (伊藤)11位
79年 34回大津毎日 (茂)優勝 (猛)4位 (伊藤)5位
79年 モスクワプレ五輪 (茂)2位 (猛)10位 (伊藤)8位
79年 14回福岡国際 (茂)2位 (猛)3位 (伊藤)8位
80年 15回福岡国際 (茂)5位 (猛)2位 (伊藤)3位
81年 16回福岡国際 (茂)3位 (猛)5位 (伊藤)2位
83年 18回福岡国際 (茂)3位 (猛)4位 (伊藤)6位
85年 01回W杯広島 (茂)17位 (猛)8位 (伊藤)77位
87年 17回福岡国際 (茂)== (猛)棄権 (伊藤)17位

茂VS伊藤 8勝4敗
猛VS伊藤 8勝5敗

やはり31回 大津毎日には宗猛は出場していますね。
前年、30回(1975年)大津毎日は宗猛のみ出場。2時間23分38秒 20位
という成績が残ってます。


222 :213:04/05/10 16:57
宗茂VS宗猛

73年 08回延岡西日本 (茂)優勝 (猛)2位
73年 08回福岡国際 (茂)18位 (猛)7位
74年 09回福岡国際 (茂)16位 (猛)11位
75年 10回福岡国際 (茂)16位 (猛)6位
76年 31回大津毎日 (茂)3位 (猛)38位
76年 11回福岡国際 (茂)4位 (猛)19位
77年 12回福岡国際 (茂)52位 (猛)9位
78年 27回別府大分 (茂)優勝 (猛)2位
78年 33回大津毎日 (茂)3位 (猛)優勝
78年ミルトンケーネス(茂)4位 (猛)優勝(喜多と同着扱い)
78年 13回福岡国際 (茂)3位 (猛)15位
79年 34回大津毎日 (茂)優勝 (猛)4位
79年モスクワプレ五輪 (茂)2位 (猛)10位
79年 14回福岡国際 (茂)2位 (猛)3位
80年 15回福岡国際 (茂)5位 (猛)2位
81年 30回別府大分 (茂)優勝 (猛)2位
81年 16回福岡国際 (茂)3位 (猛)5位
83年 03回東京国際 (茂)10位 (猛)2位
83年 18回福岡国際 (茂)3位 (猛)4位
84年 23回ロス五輪 (茂)17位 (猛)4位
85年 01回W杯広島 (茂)17位 (猛)8位
85年 05回北京国際 (茂)優勝 (猛)2位

通算対戦
宗茂VS宗猛 12勝10敗

87年までに宗茂は76年モントリオール五輪、85年東京国際、87年ロンドンが
猛と走らず単独出場。

同、宗猛は75年大津毎日、75年モントリオールプレ五輪、76年コシチェが単独出場。

223 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 02:08
瀬古、宗兄弟、伊藤、喜多は福岡に毎年のように出場してますね。

福岡を調べてみると78年から83年までの間は、上位でこの5人に割って入った他の
日本人選手がいないようです。
いかにこの5人が突出しているのがわかります。

224 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 05:26
>>209
83年の福岡の頃、宗兄弟が83年東京国際のようなハイペースを想定して
入りの5kmから14分45秒くらいに対応できる練習してたといってた。
イカンガーが参戦するのを見越してだと思うけど。
結局、15分15秒前後の推移で少しリズムが崩れたと後日、語った。

今のマラソンはラビット導入で15分ー15分05秒の推移だから、
練習も15分ペースでの設定なんだろう。
見ていて一人旅は決して面白いとは思えないが、14分40くらいの入りで
飛ばすような力のある日本人マラソン選手をまた見たいな。

225 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 12:23
去年松宮が30qロード世界新を18年ぶり作りましたが、それまでの記録はなんと
85シカゴマラソンのS・ジョーンズの30q途中ラップですね。このときのジョーンズ
は87福岡の中山より早いタイムで前半から飛ばしたそうですが記録の詳細分かる方
いますか?



226 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 12:30
225>ジョーンズの前半ハーフよりも98ベルリンのダコスタの後半ハーフの方が
早いぞ。20q以後のダコスタのタイムは全て14:30前後で推移してますね。
これは疑惑の記録ではないですか。その後の彼のレースを見ると改めて
あの記録は何だったのかと思います。

227 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 12:35
225の言われるレースは2:07:13で世界記録に1秒及ばなかった時ですね。
私の記憶では20qを58:20。30qを1:28:40だったと記憶してます。
これは今も抜かれないマラソン途中ラップのはずです。

228 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 12:37
ていうか・・・スティーブ・ジョーンズの途中計時はラビットの付く今の
大会では更新不可能なのでは・・・

229 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 12:45
前スレで86北京マラソンの児玉の日本記録と全国高校駅伝5区の区間記録
の真偽は日本陸連の中ではタブーとされているとありましたが、何故ですか?
確かに北京は40q地点がずれている気はしましたし、全体的に距離がおかし
かったですね。しかしなぜ全国高校駅伝5区の記録が疑惑なのでしょうか?
高校駅伝は距離は正確に計測されてるはずです。分かる方いますか?


230 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 12:50
ロナルド・ダ・コスタ か 懐かしいね。私の25年の観戦歴の中で一番の
衝撃は無名走者が10年ぶりにデンシモの記録を45秒更新したニュースを聞
いたときかな。2番目の衝撃はその翌日のダコスタの経過ラップを新聞で
見た時だな。

231 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 12:57
松宮の名前見て思い出したが、30q前日本記録保持者の西本一也?は期待
してたんだよ。85熊日ロードで1:28:46出した時は若いしこれからの日本
をしょっていくランナーだと応援してたのだが。西本と渡辺康かな俺的
に期待を裏切ったランナーは。

232 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 13:02
言われるように、北京マラソンは明らかな距離不足。40キロ地点だけでなく25キロ地点も
怪しいよ。
高校駅伝5区に関してはソースが無いのでよく分からないです(何故疑惑なのか
質問の意味も分かりませんが)


233 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 13:15
私の見た中では前半ハーフを1時間1分台で走ったのは3人(優勝者)だけですね。
85シカゴのジョーンズ。86北京の児玉(疑問計時だが)。87福岡の中山。
後半ハーフを1時間1分台で走ったのはダコスタただ一人。
ジョーンズの前半とダコスタの後半あわせれば2時間3分前後の記録になるけど




234 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 13:21
アベラが勝つ度に「せこい勝ち方するなよ」と憤慨してましたが、最近何故か
アベラと瀬古がだぶって見えます。当時の世界メディアも瀬古の勝ち方見て
文字通り「瀬古い勝ち方しやがって!」と思ってたんだろうね。

235 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 13:23
山田君234に座布団一枚あげてやれよ。
冗談はさておきアベラと瀬古が戦ったらどんな展開になるかな。
僕的には瀬古の方がスプリントで上回ってるように感じるのだが。

236 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 13:26
瀬古アベラか、記録的にはつまらんレースになりそうやな。
中山やイカンガーのほうが好きやな。おれはな。

237 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 14:22
>>234
昔からマラソンを観戦の方だとお分かりだと思いますが、
エチオピア勢は国民性かほとんどグループで走るか、待機型の選手ばかりでした。
ざっと名を挙げるだけでもアベベ、マモ、バルチャ、ネディ、メコネン、ネゲレ、
デンシモ、デュベ、そしてアベラなど。先行逃げ切りのレースをほとんどしない
タイプばかりでした。ジブチのサラやジャマも後方待機型。
その変わりイカンガー、シャハンガ、ブラ、サイモンなどのタンザニア勢や今、強いケニアは
前半からどんどん逃げるタイプが多いようです。(中には日本育ちのワキウリや
ワイナイナ、ジェンガなどは集団待機型ですが。)
日本も昔から中山、宗茂以外は集団待機型が多いようです。
(もちろん全員は当てはまらないでしょうが。。)
もしかしたら高岡もタイプ的には先導型かもしれませんね。

238 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 14:29
>>237
そうだなぁ。そういえばネディ、バルチャ、メコネンが縦一列で走って、
ドリンクの回し飲みをしてた印象があるな。

239 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 14:41
俺が見た中で、瀬古って80年と83年の福岡国際くらいだろ、コバンザメ走法で勝ってるのは。
よく考えたら前半から飛び出す事はなかったけど、40キロ前にスパートしたものがほとんどではないか。
79年の福岡はやっとこトラックまでついていけた感じだった。
やっぱ83年の福岡の印象が強いようだ。

240 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 14:41
ドリンクといえば、醤油の瓶を、スペシャルドリンクのボトルに使用したというのを
聞いたことがあるのですが、誰でしたっけ? 

241 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 14:54
ヤマシンに勝てる漢はいない。

242 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 16:01
>>229
さっきまで88北京のVTR観てたんで40q前後チェックしたけど
39.7 2:00:13
39.8 2:00:32
39.9 2:00:51
40.0 2:01:22
40.1 2:01:41
40.2 2:01:59
40.88 2:03:59 41q地点
ゴール 2:07:35
40q地点、後にずれてるようですね。距離も?
トラックに入ってからメコネン戻してましたね。
メコネンは、よく嘔吐してる所みたけど内臓に問題あったのかな

88、89はメコネン強かったですね。ソウル五輪に出てたらと思うと、
まあ、暑さには弱そうですけど、この時期はワキウリも強かったんで
この2人の対決は観たかった。
ソウルのレース展開だと谷口が出てたらと思うと、、、

243 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 17:58
メコネンは87東京で谷口、中山に次いで3位になった時も他人のドリンクを間違って
のんでレース中吐いてましたね。以外とデリケートな人ですね。
わたしもソウルは新宅ではなく谷口に出て欲しかったな。
瀬古は選ばれたのは順当だと思うよ、ロンドン、シカゴ、ボストンと3連覇したのだから。
知名度ある瀬古にマークを向けさせて影の実力者の中山がその間隙をぬってゴール
する・・・というのが陸連の考えだったのでは。


244 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 18:05
瀬古は実力からいって記録を狙って言ってたら7分台、6分はまちがいなく出してたろう。
しかし勝率はさがったのはまちがいない。瀬古は記録にこだわらずに勝負に
徹していったからこそ伝説の存在になりえたのだ。今思えば83東京が
正規の距離だったら間違いなく世界記録だったのに。



245 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 18:09
83東京は距離がおかしかったのは当時TV中継から感じてました。
最初の5キロが16分近くかかったのに5〜30キロは全て14分台
しかもそんなにペースが速くなったとは感じませんでしたからね。
何bずれていたのだろう。

246 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 18:13
そういえば1983年の東京マラソンは瀬古の約2年ぶりの復活マラソンだったな。
戦前予想では1位ゴメス、2位イカンガー、3位瀬古でした。
ゴメスの大股スライド走法は迫力あったな・・・1982年は4戦3勝で残りの
1敗もサラザールに僅差の2位でしたからこの予想も仕方ないと思いますね。

247 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 22:42
瀬古は負けることが許されないランナーだったな。

248 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/11 23:40
>>247
そこまで思い上がってはいないだろ
スポーツやって負ける事が許されないなんて
真面目な顔して言うのはメジャー2軍の巨人関係者だけ


249 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/12 00:20
ロス五輪で瀬古が惨敗した時の衝撃はマラソン界にとどまらなかった。
日本中が、何か見てはいけないものを見てしまったかのような雰囲気になった。
ロス五輪の時は、柔道の山下とともに瀬古は日本中の悲壮感を背負っていた。 

250 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/12 01:12
>>249
79年の福岡で瀬古、宗兄弟のワン・ツー・スリーでモスクワ代表権獲って、
「新星に期待」の雰囲気があり、83年の福岡の時は、日本中で瀬古への
期待が頂点に達した感じがした。

もうこんな期待をかけたマラソンランナーは出てこないのかもしれないな。
20年前の時代背景もあるだろうしね。



251 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/12 01:16
しかしあれだけ最強を誇ってたアメリカがここまでマラソン弱くなるとは
思わなかった。
70年代、80年代前半のマラソンに詳しい方ならわかってもらえるかな。

252 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/12 01:44
>>251
よく解るけど、弱くなったのはアメリカだけではないと思う。
イギリス、ジプチ、ドイツなどもトップランナーが絶滅した感がある。
オーストラリア、韓国、ポルトガルも後継者輩出に苦しみ、
メキシコ、イタリアは一時の勢いは見られなくなった。
逆にケニア、モロッコ、フランスは最近強くなったな。
こうして国別で見ると、時代によって強い勢力が入れ替わり立ち代わりで
栄華必衰の感がある。
日本はエチオピアやタンザニアと同タイプで、一時のスランプから持ち直したか。
確かに日本勢は90年代半ばは目も当てられないほど悲惨な状況だったが、
最近はペースメーカーのお膳立てが有ればそこそこの記録を出せるようになってきた。
70年代、80年代前半のマラソンを見ていた方々には
最近の日本勢の弱さにはまだまだ物足りなさを感じるかもしれんが、
最近のアメリカやイギリスやジプチやドイツの現状を見ると
まだ日本の現状は恵まれているかもしれない。

253 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/12 04:57
>>243
メコネンは91年東京世界陸上で棄権する直前も吐いてたな。
メコネンの軽い腹痛なら数え切れない程記憶がある。
体質なんだろうけど、その割にメコネンよく頑張ってたな。
あと印象深いのは、ハイルマンの足痙攣。

254 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/12 05:19
>>223
それでも5強とかは言われずに
瀬古vs宗兄弟
って紹介されてた印象あるんだが…。

俺はガキだったんで記憶曖昧だが。
上にあったが、ローゼンカバリー国光ってのはしっくりくるなw
瀬古はテイエムオペラオー?

255 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/12 05:30
当時メインは瀬古、宗兄弟だった。伊藤、喜多は脇役だったね。
ビジュアルも大きくものをいったのではないかな。瀬古宗兄弟はインパクトあったからな。

256 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/12 05:33
ハイルマンはドイツのハンサム走者だったかな?記憶に間違いなければ
84福岡で中山に足痙攣で敗れたランナーでしたね。

257 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/12 05:38
>252 スペインだけは安定して名ランナーを排出してますね。
フィス、アントン、ペーニャ、今年の琵琶湖優勝者(名前ど忘れ)もそうでした。
スペインは30過ぎてから強くなっているのが特徴です。

258 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/12 09:31
ロス五輪以降、南欧諸国の選手の台頭が目立ってきた。 

259 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/12 22:47
>>258 スピードはそれ程とは思わなかったが、粘りを感じた。 

260 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/12 23:37
アベベ・メコネンは日本によく来ていたな。
谷口のライバルって紹介されたりしてたな。
メコネンはソウルの年がまさにピークだったと思う。デンシモも。
だからソウルをエチオピアがボイコットしたときは残念だった。
月陸なんかで読んだけど、メコネンは今エチオピア陸上界の重鎮らしいね。

261 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/13 05:37
メコネンはデンシモと違ってラストが強かったね。
88東京、88北京と谷口を競技場前で連破した時のスプリントは
素晴らしかった。

262 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/13 05:45
このスレみて伊藤国光が安定した好成績を出していた事に驚きです。
私の印象では終盤、首が左右に振れだして落ちていくイメージしかなかったので。
特に81と82の福岡で同じような展開で35キロ前後、陸橋の上で引き離されていく
様子が印象深かったので。

263 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/13 09:40
メコネンは昨年の長野マラソンに出場していた。
人づてに聞いた話によると、長野で13分台を出すために連日30km走りこんできたそうだった。
しかしお腹は脂肪がタップリついていた。
おまけにレース前はアップを全然しなかった。
時間がくるまで控えテントで毛布にくるまって寝ていた。
結果は2時間26分51秒で20位だった。

264 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/13 09:47
メコネンは91年の東京で、レース終盤スパートを掛ける前に並走していた小指徹(ダイエー)のお尻を撫ぜた。
そしてそのまま優勝のテープを切った。
テレビ観戦していた漏れは「ヤシはモ〜ホ〜だ!」と思った。

265 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/13 10:18
メコネンの優勝インタビューは印象深いな。
何せメコネンは全く自国語以外喋れず、コーチも自国語と英語しか判らないので
メコネンとインタビュアーの間に通訳とコーチを挟んで会話してたから、
観てて結構イライラした。もっと使える通訳使えよ・・・と当時思った。
メコネンがモ〜ホ〜のイメージは無いな。97年福岡に優勝したチュグワネも
ペースメーカーがお役御免時に尻叩いて感謝の意を表してたから、
あれはアフリカ人の伝統的な挨拶方法かもしれないな。
やっぱりメコネンのイメージとしては「アフロ」の髪型に尽きる。
街中でアフロを見ると、中山とかパパイヤ鈴木じゃなく、何故かメコネンを思い出す。

266 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/13 10:36
メコネンは日本人には親しみやすいw 顔立ちでした。
彼は今のエチオピアの長距離隆盛の基礎を築いたひとでしたね。
(俺はアフロを見るとメコネンでなくクリスタルキングを思い出すが・・・)

267 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/13 11:02
>>265 アナウンサー→日本語と英語の通訳→英語とアフリカ語の通訳→メコネン→
   →アフリカ語と英語の通訳→英語と日本語の通訳→アナウンサー→・・・
と、いったような感じだったかな?
東京国際マラソンか、どっかで飛び出したアフリカ選手をさして、
解説の宇佐美さん?だったかな?「この選手は、これからマラソンの真の怖さを
知るでしょう」とかいったが、あれよ あれよというまにゴールまで快走したな。
当時は未知なる強豪とか、予想外の展開とか、現在のつくられたレースと違い、
天然の面白さがまだあった時代だったな。                

268 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/13 11:45
86東京マラソンです。飛び出した選手は当時無名のデンシモでした。
結局優勝したイカンガーについで2位なり、3位メコネン、4位中山に勝ちました。
解説者面目丸つぶれで試合後落ち込んでましたね。

269 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/13 12:49
そうそうデンシモだった。

270 :ゼッケン774さん@ラストコール:04/05/13 14:34
>>268
レース終盤、アナウンサーが
「現在の2位は・・・・・

この人ですよ!この人!」
と言って驚いていたな。

後の88年にロッテルダムで出した2:06:50は10年間破られなかった。



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